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さよならを言う日

Side ダナの森の魔女


エイダと話をしたツェルは、帰ってくると同時に私に抱き着いた。もう、背丈はほとんど変わらない。大きくなったツェルを抱きしめることが叶わなくなってきた、と少し寂しくなった。


「ダナ、僕行く。」


その言葉に頭を撫でた。もう、大人になってきている。そしていずれ、彼は私よりも大きくなって、私を置いて逝く(・・)のだろう。


それは今まで幾度も見てきた。でも私の中で大きくなり過ぎたツェルでそれを想像すると胸が痛くなる。子供が親より先に逝く苦しみというのは、想像しただけで耐えられるか分からない。


「だけど、ダナ。僕はここに帰ってくる。絶対に。」


「ああ、構わない。どんなことがあっても、ここはツェルの家だ。いつでも帰っておいで。」


その日のうちにエイダに手紙を書いた。

『ツェルは承諾した。』

と。

『二週間後に商人を向かわせるわ。森の外にあの子を連れて朝一で出てきなさい。』


簡素な手紙。それを見ながら小さくため息を吐いた。ツェルと二週間、できるかぎり一緒に過ごした。料理を一緒にしたり、狩りをしたり、いろんなことをやった。思っていた以上にツェルは色んなことを出来るようになっていた。


おかげで手を離す勇気が出た。




約束の朝。目が覚めると何故かツェルが私のベッドに潜り込んでいた。やっぱり不安だったのか、と小さく笑った。まだ、背丈を抜かれていない。次にもし会えたなら、彼は大きくなっているのだろう。小さく彼の頬にキスを落とした。


「大丈夫だ、ツェル。君はすぐに街に馴染むさ。ここでもそうだったのだから。」


ゆっくりと目を覚ましたツェル。その髪と瞳と、太陽が良く似合う。


「おはよう、ダナ。」


「おはよう、ツェル。さあ、朝ごはんを食べたら、行こうか?」


「……うん。」


朝はチーズをのせたパンにした。スープに、サラダに、いろいろと用意した。最後になるかもしれないこの朝食に精霊たちはいろんな魔法を掛けていた。エイダが見たら卒倒しそうな加護に、こちらが思わず笑った。


「なんか、今日のご飯美味しいね。」


その言葉にこちらも笑った。精霊たちは嬉しそうに飛び回る。その様子をツェルが目で追いかけている。エイダが何をしたかは知らないが、ツェルは精霊が見えるようになっているようだ。それを精霊たちは喜んでいるようにも見えた。


それを全て食べ終われば、ツェルはエイダが送って来た服に着替えた。今までの服よりもよいものだとは見て分かる。最後に、髪を三つ編みに編み込んで、ツェルは立ち上がった。その大人になりかけた姿に少しばかり、誇らしくなる。


「行こうか。」


寂しさを断ち切るように笑いながら、ツェルに手を差し出した。ツェルは迷わず私の手を取って、歩き出した。森たちがさよならを言うようにざわざわと言葉を届ける。


『ツェル、頑張れ』


『大丈夫、君を守るからね。』


みんなツェルに声をけるが、ツェルにその声は届かない。ダナの森はツェルを祝福しているようにも見えた。


「あ。」


小さく声を漏らしたのは目の前に立っていた男だった。20代後半ぐらいかな?と見ていた男は私とツェルの姿を確認する。そして男は跪いた。


「お初にお目にかかります。『ダナの森の魔女』。御高名な貴女様にお会いできる日が来るとは思っても居ませんでした。

『エイダの街の魔女』のご依頼により、ご子息を引き取りに参りました。」


彼の言葉に思わず驚いた。まるで貴族にでも挨拶するような、その姿に驚いていれば、商人はチラリと視線を上げてきた。


「……私にそんな挨拶は不要だ。」


その言葉に商人は立ち上がって、ニコリと笑って私に手を差し出した。


「何を言われますか。貴女様は『エイダの街の魔女』と並び、誰もが敬い、頭を垂れるべき存在。貴女様の恩恵にあずからない民が居ないとお思いですか?」


「……そう言ったのは好きではない。エイダのように堂々ともできない。」


「その、素朴さが貴女様の良い所だと、『エイダの街の魔女』も仰っておりました。

……それでそちらの少年がご子息ですね?」


チラリと彼の視線がツェルに動いた。そしてニコリと笑う。その胡散臭い笑みは苦手だが、エイダの選んだ商人ならば間違いはないだろう。


「ツェル、と申します。」


ツェルは戸惑いながらも名前を名乗った。すると彼はツェルに手を差し出して、ツェルも迷いながらその手を取り、握手をした。


「ランベルト・ロジェと申します。ロジェ商会の三男坊で、君の保護者役を頼まれました。これからよろしくね?」


「ロジェ商会……。」


ツェルはその名前を知っているらしかった。私はよく知らないので、それ以上突っ込むことはなかった。


「『ダナの森の魔女』。貴女様のご子息を預からせていただきます。」


「ああ、お願いする。私の大切な存在だ。」


そう言ってからツェルに向き直った。そっと抱きしめて、頬にキスを落とした。


「ツェル、行っておいで。私は君がどんな選択をしてもそれを祝福するから。」


そっと離れて行けば、ツェルは少し寂しそうだった。だけど、ツェルは顔を上げて、そして視線を合わせる。強く、何かを決意した瞳だった。


「絶対に、帰ってくるから。立派になって、ここに帰ってくるから。」


その言葉に笑った。嘘でも、気が変わったとしても、その言葉はとてつもなく嬉しかった。

ランベルトと名乗った商人とツェルは森から出る道に歩き出した。私はその後ろ姿が見えなくなるまでその場に居た。


「さようなら、ツェル。」


小さく呟いた。元に戻るだけ、そう思っていたのに、思っていた以上に、辛かった。


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