自分以外の人間
Side ツェル
僕には小さい頃から面倒を見てくれている魔女が居る。真っ黒の髪に、真っ黒の瞳。肌は白くて、顔は可愛い。僕よりも大きくて、そして強い。そんな魔女と僕は森の中に住んでいる。いろんな本を読んでみるが、僕たち以外にも人間はいるらしい。だけど、僕は他に会いたいとは思っていなかった。ダナ、彼女と二人で居られればいいと思っていた。
今日はウサギが捕れた。周りの風や、草がやってくれることを見よう見まねでやれば、ウサギが捕まっていた。時々、こうやって何かをやるように誘導されて、それが何かに役に立つのだ。そのウサギを持って、家に走っていった。バタンと大きな音を立てながら部屋に入った。
「ダナ!!ウサギ捕れたよ!……、って誰?」
中に入った瞬間、見えたのは真っ黒い服を着た女の人だった。僕の姿を確認したその女の人は目がボヤッと光った。
「まって、ダナ。この子は坊やじゃなかったかしら?」
確認するようにその女の人は僕を凝視した。にこりと笑う彼女の唇が今にも食べられそうで怖かった。そっとダナの隣に寄れば、ダナは僕の頭を優しく撫でながらその女の人に答えた
「ああ、間違いなく男の子だが?」
「私、確か少年用の服も送っていたと思うのだけれども……。」
「……嫌がるんだ。私の服がいいとごねるので、仕方なく、私の古い服を着せている。」
その会話に、この女の人がいろんなものを送ってくれる町の人だと気が付いた。目の前でその人は呆れたようにため息を吐いた。
「まあ、それは直させないとよ?どうしても嫌がるなら貴女の服で人形でも作りなさいな。」
やっぱりおかしいのかな、ダナの服を着たいと言ったときにダナは複雑そうな表情をしていた。今他から来たこの人の反応を見ると、僕がダナの服を着るのは普通ではないのだろう。そんなことを思っていたら、その女の人は立ち上がってから僕をしっかりと見た。
「初めまして、ではないのだけれども初めまして。私はエイダの街の魔女。貴方のお母様と同業者よ。」
そう言いながら彼女はドレスの裾を持って頭を下げる。本で読んだが『カーテシー』と呼ばれる貴族の女性の挨拶だと。その姿が少し怖くなって、ダナの後ろに隠れた。
「あら、やっぱりダナが好きなのね。まあいいわ。しばらくしたら来るわ。」
残念そうな声のその女の人は笑いながら扉から去っていった。しばらく、部屋が静まり返った。彼女はダナを『貴方のお母様』と呼んだ。
それが言いようもないほど、引っ掛かった。
「ねえ、ダナ。」
「どうかしたかい、ツェル。」
いつものようにダナを呼べば、ダナはいつものように僕を呼んでくれる。
ダナは困ると思う、でも僕はどうしても確かめたかった。
「ダナは僕の『お母様』なの?」
思っていた通りにダナは困ったように笑った。ダナは困っているとき、自分の黒髪を指に巻き付けるのだ。
「正確には『母親代わり』であって『お母様』ではないよ。ツェルのお母様は、ツェルが生まれた時に亡くなったからな。ツェルが大きくなるのを空から見てくれているよ。」
それが優しい嘘だともすぐに分かった。でもそれ以上に、ダナと僕には血縁関係がないということが分かる。もしかしたら少しはあるかもしれないけれども、ダナの様子ならばないのだろう。
それがとてつもなく、嬉しい。