来訪者
Side ダナの森の魔女
赤ん坊の世話などしたことのない私は四苦八苦しながら赤ん坊を世話した。精霊の言うことを聞きながらおむつを替えた……なんか娘と聞いていた赤ん坊としてはおかしなものが付いているけれどもそこは明日の朝確認しようなんて思っていた、……ら寝ていた。
朝日と共に目が覚めて、精霊たちがどうやら赤ん坊……ツェルの相手をしていてくれたらしく、葉っぱや木の枝が宙に浮いて、それを見るツェルがきゃっきゃっと笑う。
「やあ、おはよう。」
誰ともなくそう言えば、精霊たちも、ツェルもこちらを向いた。赤ん坊らしい小さな手が私を求めるように伸びてくる。その手が何故か可愛くて小さく笑いを漏らした。いつの間にかベッドに寝かされていたらしく、私を動かせるほどの精霊がここに来たのだろう。意外にも、ツェルは精霊に好かれているらしい。彼の周りには精霊たちが集まっている。ベッドから起き上がり、そしてその小さな赤ん坊を抱き上げた。
「おはよう、ツェル。」
予想以上にも軽い身体。まだ誰かの庇護なく生きられないその赤ん坊の頬に小さくキスを落とした。昔の記憶で、母親がやってくれた呪いのようなものだ。
「さて、君のご飯を探しに行かないとだな。エイダがすぐ来てくれればいいのだが……。」
そんな私の独り言に近い言葉に森の木々がざわめきだした。木の精霊たちが歓迎している。その音にツェルを抱いたまま、外に出た。空を見上げれば、本当に魔女、と表現したくなる女性が浮いている。箒に腰かけ、真黒なドレスに身を包み、そして顔は近づいたものしか見ることができない黒いヴェール。
「久しぶりね、ダナ。貴女、いつの間に子供を産んだの?出産祝いなんて持ってきてないわよ?」
ヴェールで隠れていない赤い唇は楽しそうに笑っていた。精霊たちは『また喪服みたいな服着てる!』『エイダ来たわ!』とか、楽しそうに話している。って言うか、あの服喪服なんだ、とか思ってもいうことはない。
「私が産むわけないだろう。捨てられた子供を引き取った。ツェルだ。」
私の紹介に彼女は小さく笑いながら地面に足を付けた。そのまま立ち上がり、私が抱いているツェルの顔を覗いた。
「初めまして、ダナの森の魔女のお子様。私はエイダの街の魔女。貴女のお母様とは同業者よ~。」
そう言いながらエイダはツェルの頬をツンツンと突く。その様子にツェルは少し嫌だったらしく顔が曇った。
「あらあら、ダナの事が好きなのね?」
「エイダ、ずいぶんと子供に慣れているな?」
「そう?まあ、時々預かることもあるわ。時々だけれどもね?」
そう言いながら彼女はジッと私の姿を確認した。そして、頭の中で何かを思いついたらしく、パチンと指を鳴らした。すると、そこには母牛と子牛が現れた。
「確認したいのだけれども、まさかこの子に牛の乳を上げるつもりで私に雌牛を頼んだのかしら?」
「ん?そのつもりだが?」
「精霊たちは誰も教えなかったのね……赤ん坊に与えるならヤギの乳の方がいいわ。母乳に近いはずだから。」
「な、なんだって!?」
90年ぐらい生きているが、その前足したら100歳は優に超えているが、衝撃だ。初めて知った!!というか、今気づいたのだが、赤ん坊って確か、夜泣き何回もして、こまめにミルクあげなきゃじゃなかったっけ?
「あら、ダナ、この坊やに『命の水』与えたの?」
急にそう言ったエイダ。彼女の瞳がうっすらと光り輝いているのが見られた。彼女の鑑定眼が発動しているときに見られる症状だ。つまり、彼女は今、ツェルの様子を確認したのだろう。
「いや、私はまだ何も与えていない。」
「だとしたら精霊ね。珍しいわね、精霊が気に入ったものにしか与えない『命の水』をこんな子供に与えるなんって。」
「……もしかしたら衰弱していたのか?」
「それは私には分からないわ。まあ、立ち話も長くなるから家に入れて頂戴?
貴女の好物のクリームたっぷりのケーキ買ってきたのだから。」
彼女の言葉に促されて、家の中に入った。赤ん坊を抱きながら、数年ぶりにここを訪ねてくれた友人と語らい合う。赤ん坊の世話の仕方。これ使うと便利だとか、街にはこんなものがあるだとかいろいろ教わった。
おむつもいくつか街の物を送ってくれると約束してくれた。まあ、その流れで確認したツェルの下半身には間違いなく付いている。小さいけれども間違いなく男だと確認した。
「私、娘って聞いたんだけどな……。」
「まあ、付いてるから男でしょうね?」
そして、その楽しさから時間はだんだんと過ぎていく。その様子にニコッと笑ったエイダ。彼女はクッキーを一枚、差し出した。それを迷いなく含むと、彼女は笑った。
「ダメよ、ダナ。ちゃんと眠らないと。」
その言葉と共に来た眠気。どうやら睡眠薬を盛られたらしい。ふわふわとした世界に包まれながら真っ暗な世界に落ちていく。