魔女と呼ばれる存在
Side ダナの森の魔女
私は気付いた時には一人だった。ぼーっと現状把握を始めた。私の周りにはいつも人ではない何かがいるし、それの言葉が分かるので、この世界が自分の生きていた世界と違っていたのは分かった。
ついでに言えば、人ではない彼らはどうやら精霊と呼ばれる存在だと知った。
そして残念ながら私は人間であることも知った。
まあ、人間に括っていいのかは分からない存在ではあるが……。
まあ、それはいい。今の状況を説明しよう。
私の畑で育ったレタスっぽいような、ベビーリーフのようなものを籠一杯にした農夫が土下座しながら謝っている。
「ダナの森の魔女、申し訳ありません!!妊娠中の妻がどうしてもラプンツェルを食べたいと言っておりまして!!」
そんな感じで土下座して、土に額をこすりつけながら彼は謝り続ける。
「あ、別に一人じゃ食べきれないんで、持ってってください。」
サニーレタスを栽培したことがある人間はある意味、想像がつくだろう。むしっても、むしっても育ってくる葉っぱ。今、農夫が漁った畑はまさにそんな感じだ。
「むしろ持って行ってください、助かります。」
そう言ってから彼の元を去っていった。ラプンツェル、この葉っぱラプンツェルって言うんだ、ふーん。なんって思っていた。
次の日、一応畑を見に行ったけれども、誰もいなかった。
『ご自由にお持ちください』の看板を立ててみたけれども、精霊たちが『多分、この辺りの人間は文字読めないわよ?』と親切に教えてくれた。
解せぬ、うまいのに。
そんな感じで農夫の事なんてすっかり忘れかけた朝。日課のように畑に向かう。畑にはいつものように誰もいない、と思ったが、いつぞや見た農夫が立っていた。何か腕に抱えている。
「ダナの森の魔女!この娘を捧げますので、怒りはお鎮め下さいっ!!」
やっべぇ、話通じてねぇ。そう思った瞬間、農夫はその腕に抱えていたものを押し付けた。腕の中に無理矢理持たされた布にくるまれたもの。その隙間から金の髪と、小さな手が現れる。
「い、要らない!子供は、親の元で育てるべきだ!!」
叫んだ瞬間、農夫はすごい勢いで走り去っていった。呆然と、腕に抱かされた子供を見た。あれだけ乱暴に受け渡されたというのに、赤ん坊はスヤスヤ寝ている。柔らかな赤ん坊の香り。嘗ても含めて、子育てなんかしたことがない私にこの子を育てられるわけがない、そう思って精霊に先ほどの農夫の家を探すように頼んだ。
夕方になるころ、水の精霊が、川沿いの家がその農夫の家だと教えてくれた。普段は森から出ることのない私は、精霊の案内でその家に着いた。窓は全開で開けられており、中では明かりが灯ったようだった。
『あの子、捨ててきたの?』
女の声に、それが農夫の妻だと気づいた。それに、おぎゃあと泣き出す声が響く。赤ん坊の泣き声、もう一人いるのか?と疑問に思った。
『ああ、魔女に押し付けてきた。……だって双子なんて、気味悪いだろ?魔女にさらわれたって言えば、問題ないだろ。魔女ならみんな手出しできないし。』
『そうよね……呪いがこっちに来たら嫌だもの。ありがとう、貴方。』
それがごく当然のように二人は話していた。そうか、と抱きかかえていた赤ん坊を抱きしめた。目が覚めた赤ん坊はきゃっきゃっと笑いながら私の長く、重い黒髪を引っ張った。青の目が私を見て笑っている。
「君は、要らない子だったんだね。安心しておくれ、私が君を愛そう。世界が君を嫌っても私が君を愛すよ。」
そう、誰ともなく言葉にした。精霊たちが心配そうに私の周りを飛び交う。夜になりりつつあるのに、精霊たちの灯してくれる柔らかな光は真っ直ぐに家に向かっていた。
「まず、君には名前を上げないとね。ラプンツェル、長いな……ツェル、そうだツェルにしよう。」
そう勝手に決めた。
これが私とツェルの出会いだった。
こちらに生まれてから90年経った。独りでいるには孤独すぎた私には、この出会いが嬉しくもある。そう思いながら、私は数少ない友人に手紙を書くのだった。