覚悟さえすればいい
Side ツェル
呆然と周りを見ていた。そこは懐かしいダナの森だった。思い出したように走って、ダナと住んでいた家に走る。昔と変わらない家。でもそこに、僕の痕跡はなくなっていた。
僕の寝ていたベッド。
僕の使っていた食器。
僕の着ていた服。
まるで僕が最初からそこには居なくて、ダナしか住んでいないかのような家だった。
なんで?そう思って呆然としていた。すると、目の前の精霊たちが僕に何かを伝えようと必死になっている。何か?そう思って彼らが指さす方に向かった。そこは物置部屋にしていたところだ。扉を開けると、中には僕のモノがあふれている。ベッドも、食器も、服も、靴も、帽子も全部残っていた。精霊たちはこっちに来いというように、指さす。その先には見覚えのない机が置いてある。
机の上に封が閉じられる前の手紙が置かれていた。
僕が送った便せんだ。
書きかけの手紙。
それを手に取って読んでみる。
『ツェルへ
手紙をありがとう。君もどんどんと大人になっているのだな。君から来る手紙が待ち遠しい毎日だ。この便せんもありがとう。私には可愛らしすぎるが、匂いが気に入った。君はセンスがいいな。
そうそう、君の物なんだが、物置に動かした。笑える話だが、鹿が家に飛び込んできてな、二度同じことがないとは言えないから、君の物が被害に合わないように動かしたんだ。また、君が帰ってきたら戻すことにしよう。いつでも君を愛しているよ。
ダナ。』
ポロっと頬を伝ったのは涙。やっぱり僕は君を諦めたくない。どうして君がその選択をしたかは分からない。でも、手紙をくれようとした君は間違いなく僕を待っていた。もう一回、君に聞かないと。本心はどうなのだ、と。
「ツェル様!!」
叫んだのはルイス様だった。彼は焦ったような表情で僕の側に駆けてきた。尋常じゃない様子に驚きながら何があったか尋ねた。
「皇太子殿下が、明朝に魔女殿を処刑すると……。」
「なん、だって?」
「父が急ぎ私の鳥を飛ばして伝えてくれました。もし、第二皇子と出会えたなら伝えるようにと。」
何故、と大きな疑問が浮かんできた。何故、ルイス様は真っ直ぐな目で僕を見てそれを伝えるのか。何故、彼の父はそれを僕に伝えるように言ったのか、分からないことが多すぎる。
「何故、貴方は僕にソレを伝えたのですか?」
率直な疑問をぶつける。すると彼は騎士の礼を執り、そして剣の柄を僕に差し出した。
「貴方様をロジェ商会で見た時から、我が主がこのように努力を出来る方であればと思っておりました。貴方様が王妃様と似ているのも都合の良いことを考えているからと……。ですが、貴方様はどう考えても皇帝陛下の皇子。そしてあの魔女殿に会って、あの魔女殿は悪き人とは思えませんでした。父も同意見でした。そんな貴方様に賭けてみたいと、私の本能で行動しております。
ツェル様、貴方様に我が剣を捧げさせてください。」
昔、ダナが読み聞かせてくれた童話のようだった。ドラゴンに立ち向かう王子に剣を捧げた騎士。あの絵と同じようにルイス様は跪いていた。
「『我が騎士の剣を受け取る。ルイスよ我が騎士として剣を振るえ。』」
これはその王子が言った言葉だ。そう言いながらルイス様の剣の柄を掴み、そして今度は反対に柄を差し出す。鞘に入ったままのその剣を受け取ったルイス様は嬉しそうに笑った。この人が穏やかな笑みを見せたのは初めてだった。
「我が主、なんとしても『ダナの森の魔女』を奪還しましょう。私も協力いたします。」
ルイス様と二人。王都に戻った。ダナが処刑されるという噂は朝の市場に流れ込んでいた。ルイス様に連れられて来たのはリーツ伯爵家だった。待っていたのは彼の父や親戚たちで、僕を見た瞬間、彼の家族は皆、跪いた。
「お帰りなさいませ、第二皇子。」
一つ疑問だった。何故、彼らは迷いなく僕を皇子と呼ぶのだろうか?その疑問はすぐに目の前のリーツ伯爵によって解かれた。
「実はルイスに指示をして貴方様の髪を一本拝借しました。そして、鑑定できる人間に依頼をしまして、貴方は間違いなく、皇帝陛下の皇子であると判明しております。」
「なるほど。あまりに皆さんがすんなり受け入れているので気になっただけです。」
その言葉にルイス様の家族は感心したような表情になる。静まり返ったその場で最初に言葉を発したのはリーツ伯爵だった。
「……ルイスが気に入ったのが分かった。さて、ツェル様、出来ましたらあなたの知っている情報を全て出してください。そのお話次第では我々も協力いたします。」
リーツ伯爵の真剣な瞳にゆっくりとランベルトから聞いた話を話し出した。精霊王の加護の話、昔、亡国で同じように精霊王の加護を受けた人間を殺したが故に、その土地が不作になった。おおよそ話し終えた時に、リーツ伯爵はしばらく悩んだようだった。
「もし、ツェル様の言葉が事実であるなら、我々は魔女殿を何が何でも『奪還』しないと、ということになりますね。」
「しかし、父上。皇太子殿下が率先して処刑を進めている中、どうやって奪還するのですか?」
「……方法はないとは言い切れない。」
リーツ伯爵はジッと僕を見つめた。その視線に含まれるのは『迷い』。だが、このリーツ伯爵家の人間は嫌いではなかった。何故なら、精霊たちが彼らから距離を置かずに遊んでいるからだ。リーツ伯爵が覚悟を決めたように、その方法を語った。それに対して、僕は迷わず答える。
「分かった。その作戦、やるよ。」
僕の言葉にその場の誰もが跪いた。




