昔に戻りたいとは思わない
Side ダナの森の魔女
コツコツと足音が聞こえる。この牢は地下に作られている。石造りは音を反響させた。どうせまた騎士が来たのだろうと格子の付いた窓を見上げていた。
『ダナ、ツェル来たよ。』
『ツェル、誰かが守ってる、凄い、たくさんツェルを守ろうとしてるよ?』
精霊たちの声。外に出たツェルは多くの繋がりを得たらしい。精霊たちはソレを誇らしく、そして喜ばしく私に伝えてくれる。昔は私が守ってやらねばならない存在であったのに、いつの間にか私が居なくても守ってくれる存在が出来ていた。
いや、守る必要はないのだろう。
だけど、一つ、私は最期の仕事をしないとならない。
ツェルの自由を守るためには、皇子殺しの魔女となるのも構わない。
「ダナ?」
聞き覚えのある名前の呼び方。ああ、そうか声変わりしていたのだな。振り返ってその姿を確認した。昔は女の子みたいに可愛らしい子だったが、少し顔つきが変わっていた。長かった髪も切っている。近づいて背丈を確認すれば、私よりも大きくなっていた。
「随分、大きくなったな、ツェル。手紙は貰っていたが、君がここまで大きくなっているとは思わなかったよ。」
「な、何吞気なこと言ってるんだよ!!僕は生きている!!ダナは皇子なんて殺してないだろ!?」
ああ、懐かしい。彼はいつも私を怒るのだ。でもその怒りはいつも、私に対する理不尽を怒っていた。頭のいい子だから、私を見捨てた方がいいことも分かっているだろうに、それをしない。
そしてツェルを国に縛られる皇族などにしたくはない。場所に縛られるということほど、苦痛なことはないと、私が一番知っている。
「ツェル、疲れたんだよ、私は。」
そう、言葉にした。疲れたのは本当だ。長い間、私は独りで、いつ途切れるか分からない君からの手紙だけを楽しみにする生活にもう疲れた。ふと、自分の手のしわがどんどんと増えているのを見た。森から出たならこうなるのは分かっていた。
「君が気にすることはない。」
私の命はもう一日ほどしか残っていないのだろう。だから最期まで潔く生きていたい。最期にいつも通りの笑顔を見せた。
あとは頼む、友よ。
そう心で願った。気配は感じている。彼女なら私の意図を理解してくれるだろう。分かり合えはしなくとも、私を尊重してくれる。何かを察したのかツェルが目を見開いて手を伸ばそうとした。
「そう言うわけだ、エイダ、よろしく頼む。」
その言葉と共にツェルは黒い何かに攫われていった。
同時に、また足音が響く。
ゆっくりとした足取りでこちらに向かってきたのは男だった。
「ふーん、お前が『ダナの森の魔女』?思ったより普通の女だな。」
顕れた男は不躾に私を見つめた。ジッと見てくる目がツェルと似ているような気がした。多分だが、この男が皇太子なのだろう。
「まあ、明日、お前は広場で処刑されることになった。皇子を殺した魔女殿。私はお前に感謝しているよ。お前のおかげで私は地位を脅かされることが無くなったのだから。」
変な笑い方をするその男は言いたいことだけ言ってから去っていった。
静かな夜は更けていく。明日が来るのを楽しみとも、悲しいとも言えない。ただ、ツェルが自由に羽ばたけるようになって欲しいと信じてもいない神に願った。




