本心は闇の中
Side ツェル
ルイス様は慎重に王城の中に俺を引き入れた。皇太子がどうやら双子の弟が居た事実を知ってしまったらしく、血眼で探しているという。魔女は死んだと言っているが、そう言った面では馬鹿ではないらしい。
「ルイス様。」
「第二皇子。その呼び方はおやめください。私の事はルイスと。」
「あ、分かりました、ルイス。できれば、先にダナに会いたいのですが……。」
「……こっそりお連れするのは可能かと。」
「頼んでもいい?」
「はい、こちらに。」
ルイス様はそっと騎士たちが集まる場所に来た。そして門番の男に何かを握らせて、そして扉を開けさせた。階段を降りながら、先ほどの光景を思い出してルイス様に声を掛ける。
「……今の。」
「賄賂です。こういうことが横行する時点で、この国はもうダメなのです……。」
少し残念そうで、この人は清廉潔白であることを望んでいるのだと分かった。「まあ、利用している時点で私も同罪ですが。」と言葉を濁した。
「こちらでお待ちしております。魔女殿は一番奥におります。」
その言葉にそっと奥に歩いていく。石で囲まれたそこは寒くて、石を踏みつける音が響く。一番奥、その牢に辿り着けば、外をぼーっと眺める黒いローブ。それには見覚えがあった。
「ダナ?」
僕の声に振り返った女性。別れた日から何も変わっていないダナの姿だった。格子に近づいてきた彼女は自分の背丈と、僕の背丈を比べていた。その手がまるでしなびてきている花のようで、嫌な予感がした。
「随分、大きくなったな、ツェル。手紙は貰っていたが、君がここまで大きくなっているとは思わなかったよ。」
「な、何吞気なこと言ってるんだよ!!僕は生きている!!ダナは皇子なんて殺してないだろ!?」
叫び声に似た言葉にダナは笑うだけだった。この人は何を考えているんだ!と叫びたくなった。これほど近くに居るのに、とてつもなく遠い。
「ツェル、疲れたんだよ、私は。」
はあ、と小さなため息を漏らしたダナ。その瞳は今まで見たことがないほど、落ち着いていた。そして笑った。
「君が気にすることはない。」
静かに言い切った言葉。明らかな拒絶。手を伸ばそうとしたが、その瞬間、彼女は笑った。
「そう言うわけだ、エイダ、よろしく頼む。」
瞬間、視界が黒に包まれた。そして目の前には黒の魔女。どこだか分からないが、森だということは分かる。
「久しぶりね、坊や。」
真っ黒なヴェールに真っ黒なドレス。その姿を見るのは久しぶりだった。
「『エイダの街の魔女』。」
僕のつぶやきに、魔女は口を歪めた。同じように連れてこられたルイス様は帯剣していた剣を抜いて構えていた。
「ああ、安心して、そちらの坊や。私は危害を加えるつもりはないわ。」
そう言い切った彼女に沸々と怒りが湧き上がってきた。
「何故、その力をダナに使わなかったっ!!」
今の能力があったならば、ダナを牢から出して森に戻すことだって可能だったはず。なのに、魔女はソレをしなかった。できたはずなのに。
「それを言うならば、ダナは自力で牢から出られますわ。出ないだけです。彼女は望んであそこに居るのです。」
ニコリ、と笑う魔女。いつもと変わらないその口調に、ダナと言い魔女というのは動揺しないのかと叫びたくなった。
「何故……。」
「何故、単純な話ですわ。『疲れた』のです。」
魔女はツカツカと歩いて僕の目の前に立つ。背はもう僕の方が高いのに、その威圧感で一歩引いてしまった。
「貴方たちに私たちの気持ちなど分からないでしょうね?
悠久を一人で生きなければならない気持ちなんて想像つかないでしょう?大事に育てた子供だって、いずれは自分よりも先に逝く。ましてやダナは他の場所に行くことが叶わない。
土地に縛られ、たった一人でイライジャ帝国で過ごさないとならないの……疲れないわけがないでしょう?」
その言葉に息を吞んだ。何も言い返せなかった。
「貴方ではダナを癒せなかったのね……あと一日でしょうね、ダナが外で生きられるのは。まあ、これも運命でしょう。」
そう言った魔女は唇を歪ませてから消えていった。何もなかったように静まり返った森で、僕は先ほどよりも衝撃的な言葉を聞くこととなる。




