突然の来訪者と真実
Side ツェル
皇太子の横暴を聞いて謝りに来たのは本人ではなく、リーツ伯爵令息のルイスだった。貴族であるはずの彼が、頭を下げるなどランベルトも僕も恐れ多くて血の気が引きそうになった。それほどまでに、イライジャ帝国はロジェ商会の存在を大きく捉えている。
「あの、あとご子息様と少々お話しできないでしょうか?」
突然の言葉に、驚いていれば、ランベルトは「構いませんよ」と言ってから仕事に戻っていく。昨日の皇太子の横暴からロジェ商会が帝国を撤退するのではというデマが回っており、その所為か、今日は客が多いのだ。
「どうか、されましたか?」
ルイス様にそう尋ねれば、彼は悩ましい顔をして、そして深呼吸をした。覚悟を決めたその目は真っ直ぐに僕を捉えた。
「もし、間違っておりましたら申し訳ございません。貴方様は『ダナの森の魔女』に育てられたということはありませんか?」
急な言葉に思わず息を呑んだ。しかし、その反応で彼は今の質問が核心をついたと気付いたのだろう。
「ここからは独り言です。昔、農夫に皇帝陛下の皇子が預けられました。何故かというと不吉と言われる双子であったから。兄は王室で育てられ、弟は密かに農夫の元に。最近、あまりに横暴な兄を見た皇帝陛下が弟を呼び戻すように我が父に命令し、そして農夫の元に行ったら、農夫は『皇子は魔女に攫われた』と言っていました。魔女を捕らえて拷問しようとしていたのですが、それはさすがに止めました。が、時間の問題です。」
「拷問!?ダナを!?」
「魔女は皇子を攫ったことと認めており、そして皇子を殺害したと言っておりました。
……ですが、私は魔女が皇子を攫ったとも、殺したとも思えません。あれは庇っている人間の目です。皇子さえ出て来てくれれば、魔女殿を傷つけずに済みます。
あと、貴方の顔立ちは非常に、王妃様に似ておられます。」
彼はそれだけ言い切ると去っていった。心臓が早まる気がした。ダナが拷問にかけられる。その言葉が頭の中を回る。急に肩をゆすられた。
「おい、ツェル!!どうした!?」
その声は目の前からで、ランベルトが僕の肩をゆすっていた。周りを見れば、午前中の営業が終わり、そして一休みしようとしている時間だった。
「ランベルト……ダナが……。」
「魔女殿が?とりあえず、個室に行こう、顔色が悪すぎるぞ。」
連れていかれた個室で、先ほど聞いた話をそのまま話した。ランベルトは驚きつつも、冷静に話を聞いてくれた。
「この国は本当にどうしようもないな。」
聞き終わると共にランベルトはそう言った。
「まずな、『ダナの森の魔女』に何かしてみろ、イライジャ帝国の妖精王が黙ってはいないだろうし、下手すれば精霊王からの国の加護が外れる。」
「国の加護?」
「亡国の話だが、もう地図には無くなった公国の王族が民衆に殴り殺される政変が起きた。その国の精霊王はその王族に加護を与えていた。が、自分の加護を受けた人間を民衆に殺されたことを恨んだ妖精王がその地を呪い、50年経った今も、その旧公国領は不作の地のままだ。
『ダナの森の魔女』を傷つけるということは、同じことが起きる可能性がある。」
「そんな分かり切ったことをイライジャ帝国はやるの?」
「やると思う。……だからか、『エイダの街の魔女』よ。そう言うことか……。」
何かランベルトの頭の中でまとまったらしい。でも、僕は国を守りたいわけではない。僕が守りたいのはダナだけであって……でも今まで一緒に働いたロジェ商会のみんなも守りたいし、そう思うと僕がすべきことは見えてくる。
「父上、お願いがあります。」
「かしこまって、なんだ?」
「髪を切ってもらえませんか?」
「髪、か?」
「国が皇子を探している。だとしたら僕は行かないと。それ以外にダナを助ける方法はない。」
「……わかった。必ず『ダナの森の魔女』を助けてくれ。私も私のやれることをやるから。」
そう言ったランベルトはハサミを持ってくるように指示し、僕は記憶にある限りは初めて髪を切った。長く伸びた髪がないのは頭が軽く感じた。ランベルトは剣と服を渡して、それに着替えた。
そして外に出た瞬間、そこに立っていたのはルイス様だった。
「行きましょう、第二皇子殿下。」
その彼の言葉に頷き、王城のある方へ歩き出した。




