敬われるべき存在
Side ツェル
夜、こっそりとダナのベッドに入り込んだ。ぐっすり寝ていて、彼女は起きるそぶりもない。今日が最後なんだ。ここに居られるのも。そっと寝顔を見てみた。寝ている姿だけを見るなら、僕の姉と言っても遜色ないのでは?と思うほどだ。
「ねえ、ダナ。僕絶対、ここに帰るからね。」
そういってこっそりと彼女がよくしてくれるように頬にキスを落とした。彼女の規則的な心音に耳を傾けながら、僕も眠りに落ちていく。
別れはあっという間に来る。朝起きれば、朝食が用意されており、いつもはあまり顔を出さない精霊たちも飛び交っている。まるで出ていくのを喜ばれているようにも見えた。
その時間はあっという間で、ダナとの別れはあっけなかった。来た商人という男は本当にダナを尊敬しているのが分かる。彼の行動でダナは本当にすごい魔女だと再認識させられた。この男に『ご子息』と呼ばれたのは不服だったが、その直後のダナの言葉に嬉しくなった。
「ああ、お願いする。私の大切な存在だ。」
そして彼女はいつものように頬にキスを落として呪いを掛ける。その行動がとても温かい。
「ツェル、行っておいで。私は君がどんな選択をしてもそれを祝福するから。」
優しく言われる言葉。でもこの言葉の裏側に、『帰ってこなくてもいい』という言葉が含まれているのは分かっている。だから、僕は真っ直ぐに視線をダナにぶつけた。
「絶対に、帰ってくるから。立派になって、ここに帰ってくるから。」
その宣言にダナは驚いたようだったけれども、ニコッと笑ってくれた。そのまま、商人と歩き出した。森を抜けると同時に、目の前に現れたのは馬車だった。その馬車に乗り込んで、そして車輪は動き出した。
「改めまして、ツェルくん、これから私は君の父親代わりになる。まあ、君はオーウェン王国のロジェ商会の三男坊、ランベルト・ロジェの息子、ツェル・ロジェとして町に連れていく。」
言葉の意味を理解するのには時間は掛からなかった。
「ま、待ってください!」
「何か問題でも?」
「あるに決まっているでしょう!?普通、紹介があると言っても下働きとか、そう言ったことをやらせるでしょう!?なのに、いきなり息子!?おかしいでしょう!?」
僕の怒鳴り声に男は顔色一つ変えなかった。それどころか楽しそうに笑った。
「……『エイダの街の魔女』が褒めるだけあるな。確かに賢い。」
静まり返った車内で男はそう言った。
「12歳でその理解力は素晴らしい。だが、我々も『エイダの街の魔女』に言われてこの手段を取っている。
『将来的に見たら坊やの役に立つはずよ。それに貴方の利益にもなるわ。』
って、魔女殿に脅されただけだよ。」
そう言って笑った彼はとても楽しそうだった。
この人が生涯、唯一の父親と認めた男、ランベルト・ロジェだった。




