表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボッチ  作者: 芳田文之介
4/7

その4.





なに、ひとりでくだらない妄想を弄んでんだよ、このターコ。


苦笑交じりに、ぼくは自分で自分にそう毒づいた。


それからまた、鳩くんに目やった。


その目を細めながら、鳩くんにつぶやく。


どうせ、ひとりぼっち同士だろう。だったら、雨がやむまで仲良くしようぜ。


その瞬間、胸が鈍く疼いた。


今、口からこぼれ落ちた「ひとりぼっち」が、どうやら、棘となってぐさりと胸をつき刺したみたい。


その痛みに思わず、狼狽する。それが何かを、穿ったようなのだ。


思い出すと切なくなってしまう、そんな少年時代の記憶が、頭の中というより胸のうちで不意に、甘酸っぱく、蘇っのだった。


そういえば――ぼくは思い出す。懐かしさの中に、どこか物がなしさを伴いながら。


あのころはいつも、こんなふうに、ひとりぼっちで、雨宿りしてたんだっけ、と。


そうだった。土砂降りの雨に眼差しを向けて、いっそう、物がなしさに浸りながら、思い出す。


あの通過儀礼が終わるまで、屋外というより、ぼくの胸の中にずっと、土砂降りの雨が降っていたことを。


そんなとき、雨宿りはいつもーー。


そう、ばあちゃんちだった。


ただ、ばあちゃんと一緒にいても、ぼくは結局、ひとりぼっちのままだった。


いや、本当は、そうじゃなかった。あとになって、気づく。


生きていると、あとになって気づくことばかり。後悔は、けっして、先に立ってくれない。


ぼくを見つめていたばあちゃんの、あの眼差し。あれは、慈眼さながらに、おだやかで、哀憐の情が満ちて、実に深かかったのだ。


けれども、それに気づいたときはもう、手遅れだった。


力なく首を振って、肩を落とす。視線の先には、相変わらず、鳩くんがいる。


彼を、意識して、じっと見つめていると、なんだかいとおしくなってきた。


目で、訊いた。


ところで、鳩くん。仲間はどうしたの。はぐれたの。それとも……。


ぼくの眼差しを見た鳩くんは、きょとんとし、首をかすかにかしげているばかり。


ただ、意識して見たからだろう。


ぼくはそこで、遅まきながら、気づくのだった。鳩くんの前にある鋪道のくぼみに、わりと大きな水たまりができていることに。


そのみなもを、ぼんやりと眺めていた。しばらくすると、水たまりを激しく叩いていた雨が、ピタリやんだ。


途端、世界が、ほの明るくなった。


ほら、やっぱり、やまない雨はないだろう。


頬をほころばせながら、鳩くんにつぶやいた。


空を仰ぐ。


黒々とした雲が、どんどん、東の空へと流れてゆく。


やがて、透き通った青い空が、雲の切れ間から、申し訳なさそうに顔を覗かせた。それを見ていると、やけに眼がしょぼしょぼした。


そうだ、ゆうべ、遅くまで、パソコンと睨めっこしていたからだ。


あくびをひとつ、かみつぶす。目尻に涙が溜まる。かすながら、みなもに映る景色がにじむ。人差し指で、その涙をそっと拭った。


雲が、ぜんぶ流れてしまうと、それが合図のように、風もちょうどやんだ。足元に視線を落とす。


鏡面のようになったみなもが、頭上の青い色を鮮明に映し出している。


どこから流れてきたのだろう。数えてみると、ひとつ、ふたつ、みっつ、そんな数の小さな塊の白い雲。みなもに、ちょっぴりにじんで映り込む。


ハッとして、天を仰いだ。やっぱり、白い雲が、みっつ浮かんでいる。


そのとき、今日の景色と来し方の景色とが、ぼくの記憶の中で、綺麗に重なった。


あの日もこれに似た雲を、今日とは違う涙で、ぼくは、見上げていたんだ。


そう思った途端、ぼくは遠い過去へ遡行していた。



つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ