その4.
なに、ひとりでくだらない妄想を弄んでんだよ、このターコ。
苦笑交じりに、ぼくは自分で自分にそう毒づいた。
それからまた、鳩くんに目やった。
その目を細めながら、鳩くんにつぶやく。
どうせ、ひとりぼっち同士だろう。だったら、雨がやむまで仲良くしようぜ。
その瞬間、胸が鈍く疼いた。
今、口からこぼれ落ちた「ひとりぼっち」が、どうやら、棘となってぐさりと胸をつき刺したみたい。
その痛みに思わず、狼狽する。それが何かを、穿ったようなのだ。
思い出すと切なくなってしまう、そんな少年時代の記憶が、頭の中というより胸のうちで不意に、甘酸っぱく、蘇っのだった。
そういえば――ぼくは思い出す。懐かしさの中に、どこか物がなしさを伴いながら。
あのころはいつも、こんなふうに、ひとりぼっちで、雨宿りしてたんだっけ、と。
そうだった。土砂降りの雨に眼差しを向けて、いっそう、物がなしさに浸りながら、思い出す。
あの通過儀礼が終わるまで、屋外というより、ぼくの胸の中にずっと、土砂降りの雨が降っていたことを。
そんなとき、雨宿りはいつもーー。
そう、ばあちゃんちだった。
ただ、ばあちゃんと一緒にいても、ぼくは結局、ひとりぼっちのままだった。
いや、本当は、そうじゃなかった。あとになって、気づく。
生きていると、あとになって気づくことばかり。後悔は、けっして、先に立ってくれない。
ぼくを見つめていたばあちゃんの、あの眼差し。あれは、慈眼さながらに、おだやかで、哀憐の情が満ちて、実に深かかったのだ。
けれども、それに気づいたときはもう、手遅れだった。
力なく首を振って、肩を落とす。視線の先には、相変わらず、鳩くんがいる。
彼を、意識して、じっと見つめていると、なんだかいとおしくなってきた。
目で、訊いた。
ところで、鳩くん。仲間はどうしたの。はぐれたの。それとも……。
ぼくの眼差しを見た鳩くんは、きょとんとし、首をかすかにかしげているばかり。
ただ、意識して見たからだろう。
ぼくはそこで、遅まきながら、気づくのだった。鳩くんの前にある鋪道のくぼみに、わりと大きな水たまりができていることに。
そのみなもを、ぼんやりと眺めていた。しばらくすると、水たまりを激しく叩いていた雨が、ピタリやんだ。
途端、世界が、ほの明るくなった。
ほら、やっぱり、やまない雨はないだろう。
頬をほころばせながら、鳩くんにつぶやいた。
空を仰ぐ。
黒々とした雲が、どんどん、東の空へと流れてゆく。
やがて、透き通った青い空が、雲の切れ間から、申し訳なさそうに顔を覗かせた。それを見ていると、やけに眼がしょぼしょぼした。
そうだ、ゆうべ、遅くまで、パソコンと睨めっこしていたからだ。
あくびをひとつ、かみつぶす。目尻に涙が溜まる。かすながら、みなもに映る景色がにじむ。人差し指で、その涙をそっと拭った。
雲が、ぜんぶ流れてしまうと、それが合図のように、風もちょうどやんだ。足元に視線を落とす。
鏡面のようになったみなもが、頭上の青い色を鮮明に映し出している。
どこから流れてきたのだろう。数えてみると、ひとつ、ふたつ、みっつ、そんな数の小さな塊の白い雲。みなもに、ちょっぴりにじんで映り込む。
ハッとして、天を仰いだ。やっぱり、白い雲が、みっつ浮かんでいる。
そのとき、今日の景色と来し方の景色とが、ぼくの記憶の中で、綺麗に重なった。
あの日もこれに似た雲を、今日とは違う涙で、ぼくは、見上げていたんだ。
そう思った途端、ぼくは遠い過去へ遡行していた。
つづく