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ボッチ  作者: 芳田文之介
2/7

その2.




そういえば――と今さらのように、思い出す。ゆうべのニュース番組の中の、天気予報を。


そこで、気象予報士のお姉さんが、注意喚起を促していたのだ。


「あすのお昼過ぎから夕方にかけて、局地的大雨になるという予報が出ています。従って、あすのお昼過ぎからは、いわゆるゲリラ豪雨に十分、注意してくださいね」


お姉さんは、「ね」、の語尾をいっそう強調すると、屈託なく笑っていた。


ぼくたち外回りの営業マンにとっては、むしろ屈託のある、そんな予報にもかかわらず……。


あ、そうだった。


それでぼくは、思い出した。ゆうべ、その予報を聞いて、なら、ビジネスバッグに折りたたみ傘を入れておかなきゃな、と思いついたことを。


思い立ったが吉日、とはいみじくも言ったもので、まさにそう思い立ったときに、すぐさまそうしておけば、備えあれば患いなし……になるはず。


なのに、ゆうべ、いつものぼくの悪い癖が出てしまっていた。


ま、後でいいや、となおざりにしてしまったのだ。


あとでやったためしなど、ついぞないおまえなのにな……。


そんなふうに、自分を責めたら、やっぱり、辛くなる。だから、それから逃げるように、鳩くんから目をはなし、てき面に目をくれた。


八つ当たりでもするかように、土砂降りの雨を睨む。雨には、全然罪はないのに。


睨んでいたら、それにしても、このゲリラ豪雨って、あれだよなあ――と、改めて、考えさせられた。


このゲリラ豪雨、今ではすっかり常態化して、もはや異常気象というより、むしろあたりまえの気象として、すっかり日常にとけこもうとしている。


けど、そもそも、これって――柄にもなく、ぼくは神妙な顔で、この問題をさらに深く掘り下げてみる。


人間のエゴイズムがもたらしたもんなんだよなあと、浮かない眉をひそめて。


人間は自らの生活を豊かにする目的で、車を大量生産し、それを運転しやすくしようとして、コンクリートで、地球上の土を埋め尽くした。


しかも、それから出るガスで空気を生暖かくして、地球温暖化を引き起こしてしまったのだ。


それが、導火線となり、今日こんにちの異常気象をもたらしたーーどうも、そういういきさつらしい。


その上さらに、このままでは、この地球ほしが危ないので、「脱炭素化」をはからねばと、大の大人たちが、世界中でてんやわんやの大騒ぎ。


こう考えてみると、同じ生き物である鳩くに対して、人間ってどうしようもない存在で、本当に申し訳ないよねと、真摯に首を垂れたくなる。


そこでぼくは、人類を代表して、足元の鳩くんに、首を垂れようとしたーーそのとき不意に、課長の顔が頭をよぎった。


ふん、おまえごときが、なにを偉そうに、と鼻で笑っているあのおっかない顔が……。


がしかしそれは、そんなの関係ねえと、ちょいと陳腐なギャグではあるが、それでいなして、改めて、ごめんなと、鳩くんに、首を垂れておいた。







それから、ふたたび、てき面に眼差しを戻した。


雨脚は、一向に、弱まる気配を見せない。


いつもなら、それこそバケツをひっくり返したような大雨を降らせたら、さっさと、どこかへ流れてゆくはずの、あの忌々しい暗雲が、今日はどうしてだか、いまだに上空に、ずうずうしく、垂れこめている。


それでも、まあ、と思う。


やまない雨は、ないんだ、と。


だから、もう少しの辛抱だよね、とも。


ぼくは、あることがきっかけで、オプティミストになった。つまり、万事うまくいくものと考えて心配しないようにしている、そのような人格に。


だけど、そういえば、だれかが言ってた。


オプティミズムは性格の問題ではない。明晰な知が要る――と、毅然とした調子で


そして、ぼくはある日、気づいた。その明晰の知が、ぼくは決定的に足りない人間ではないか、ということに。


たぶん、だからだろう。なんでもかんでもオプティミズムに捉えて、いつも失敗ばかりしているのは……。


それによって、営業成績がさっぱりだったりするので、そのだれかさんがおっしゃるのも、あながち間違ってはいない、ということらしい。


と思ったら、あのおっかない課長の顔が、ふたたび、脳裏に浮かんだ。


これには、さしものオプティミストを自称するぼくも、びくびく、くよくよ、うじうじ、とにかく、そんな感じでタジタジになってしまう。


ただし、オプティミストのオプティミストたる所以は、そうなってしまった気分をたちどころに紛らわすことができる、ところにある。


それを地でいくぼくは、今日も、脳裏に浮かんだ課長の顔を、あっさり明後日の方向に蹴とばしてやった。


そして、何事もなかったような顔をすると、こんなときと、もう勝手に妄想を弄ぶのだった。


そう、こんなとき、ドラマだったら、ぼく好みのお姉さんが、雨に濡れながら、息を切らして、「すいません、わたしもここよろしいでしょうか」と、ひょっこり、雨宿りにくるんだ。


もちろん、ぼくは愛想笑いを浮かべて、「どうぞどうぞ」と応える。


するとそこで、美しい長い黒髪が濡れていることにきづいたぼくは、「あ、お髪が濡れておられますよ。よろしかったら、これをどうぞ」と神妙な顔で、ハンカチを差し出すんだ。


お姉さんは「ありがとう」とニッコリ笑って、ぼくの手からそれを受取ろうとする。そのとき、お互いの手と手が触れ合い、それがよすがとなって、やがて二人は……。


現実はけれどーーぼくは足元に目をやり、やれやれとため息をつく。


どうせ、ぼくの現実は。


そう思いながら鳩くんに眼差しを向けたら、ちょうど首を挙げた鳩くんの、ぼくを見る眼差しが一瞬、尖った、ような気がした。




つづく



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