第8話 天葬師
「偉大なことをなし得た魂を、清らかなまま天界へ送る。それが我々の仕事です」
師匠は私にいつもそう言っていた。
銀の刺繍を施した黒のローブを着込み、腰まで伸びた灰色の髪が星の光に染まって輝きを放っている、すらりと背の高い女性だ。
私達の仕事を端的に説明すれば、〝人を殺す〟ことだ。
決して手放しに褒められるものじゃない。
……いや、端折りすぎた。
それではただの殺人鬼だ。
恨みや怒りで人を殺さない。
快楽のためにでも同様だ。
これも師匠から口を酸っぱくして言われてきたこと。
では私達は何のために人を殺すのか。
それは、
その人の名誉を守るため。
この国では名誉や誇りが何より重要視されてきた。
自らの使命や役目を胸に、信念を持って生き抜き、国に尽くす。
そうすれば死後、天界で幸せに暮らすことができるという神話が伝えられている。
おとぎ話にも聞こえるが、それが国に仕える者にとって最も誇り高いこと、らしい。
私自身はそれほど信心深くないし、死んだら天界に行けると信じているわけじゃない。
だけど、そう信じたくなる何かを師匠は持っている。
使命を全うした者達が、病や寿命、やむを得ない理由で死期を迎えた時、苦しむことなく死を迎えられるように手を尽くすのが私達、〝天葬師〟だ。
殺すといっても、一般的な処刑人のように鎌を振り下ろして首をはねたりはしない。
少し特別な体質と優れた魔法使いの素養が私達にとっての刃だ。
魔力は生命力と繋がっている。
魔力が完全に底を付き、生命力が維持出来なくなれば、生物は衰弱死してしまう。
天葬師は独自の術を用いて体内の魔力の流れを読み、外から緩やかに干渉する。
ゆっくり、打ち寄せる波が岩を削るように少しずつ魔力を消費させていく。
長い時間がかかる作業だ。
けれどそれは家族と最期に話す時間になる。
笑って、泣いて、これまでの人生を振り返り、思いを馳せ、静かに眠るように死んでいくのだ。
師匠が〝術〟を施した人達の顔は、どれも穏やかだ。
その顔を見ると、何の迷いもなく、誇らしげに天界へ向かったのだろうと本気で思えてくる。
人を真に思い、信念を尊ぶ、優しい人殺し。
どちらかというと聖母かもしれない。
私がそんな師匠の姿をはじめて目の当たりにして、弟子入りするのにそれほど時間はいらなかった。
「思っているほど簡単ではないのですよ。他人の思いを尊重するというのは」
師匠はいつも謙虚だ。
誰かにとってはありがたいことでも、別の誰かにとっては単なる迷惑だったりする。
自分にとってのベストな仕事が万人に認められるとは限らない。
だからこそ、
「ここぞという時に信念というのが大事になるんです。自分が何のためにこの仕事をしているのか、誰のためにこの命を使うのか」
こういう話をする時、師匠は決まって私の頭をポンポンと撫でながら話す。
優しく、暖かい。私は慈愛に満ちたこの手が大好きだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
天葬師という職業ですが、葬儀屋さんとお医者さんの業務を中心に行う魔法使い、みたいな立ち位置です。