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第5話 穴

「前王妃の死後、国は荒れた。グランク王国の王妃に即位した者は〝祝福の刻印〟という兵士の魔力を底上げする魔法を受け継ぐ。この国が魔王と渡り合う力を持っていたのはその〝刻印〟を国中のほぼ全ての兵士に施していたからだが、術者が死ねば効果は消えてしまう。だから国王ダラムは国を安定させるため、〝祝福の刻印〟を扱える優れた魔法使いを捜していたんだ。そうして何度も遠征を繰り返し、見つけたのが〝私〟だったというわけだ」


 魔女の容姿に関する情報は伝わっていない。今の今まで私が気が付けなかったように、膨大な魔力を隠すことも出来るなら、目の前にいる女性が太古の魔女だとは予想出来なかっただろう。


「途方もない昔、私は古城に封印された……とはいっても城外に出られないくらいのものだったんだが、ダラムはご丁寧にそれを破ってくれたんだよ。聡明な魔法使いが何者かに古城に幽閉されているという嘘にまんまと騙されて、あれよあれよと言う間に王妃にしていた。はじめは堅物な男かと思っていたが魔力と肉欲にしか興味のない獣に過ぎなかったよ」


 なんとなくだが、メルザが王妃の座を狙った理由が解った気がする。


「……呪いは他の魔法に織り交ぜて使うことが多い。国中の兵士に作用するほどの〝刻印〟があれば、自身の呪いを張り巡らせられる。兵を実質的な支配下に置けるということか」

「〝服従の呪い〟というやつだよ。皮肉な話だな、凶悪な魔女や魔王に対抗するための軍事力をよもや魔女が操っていたなんて。今や国王ダラムも含めて私の操り人形に過ぎない」


 牢を開けたそいつもな、とメルザは兵士を指さす。兵士は眉一つ動かさず、その場に直立している。

 メルザが彼に指していた人差し指をおもむろに下の暗闇に向ける。すると兵士は構えていた短剣をその場に捨て、立っていた通路からためらうことなく飛び降りた。


「なっ!?」


 一瞬の出来事だった。兵士は音もなく闇に消えていった。しばらくしてかすかに何かが硬いものにぶつかる音がしたが、何が起きたか想像するのは簡単だった。


 

 間違いない。こいつはこの国の人間を何とも思っていない。


「……き、貴様ァ!!」


 こみ上げる怒りをぶつけるも、メルザは余裕の笑みを崩さないまま私を見返す。


「四年だ。時間をかけて準備をしてきた。正当な血統である王女アスタを殺し、彼女に近しい者達を消せば私を邪魔する者はいなくなる。手始めにお前だよ、エヴィ。これまでの大罪人同様、華々しい処刑の舞台を用意してやったぞ」


『グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴアァ……』


 突然暗闇からは低いうめき声が聞こえる。驚いてそちらを見る。まさか、ここが処刑用の〝大穴〟だったのか。


「おや、さっきの兵士が〝起こしてしまった〟かな」


 メルザがとぼけたように覗き込む。


「な、何か、いる?」

「とある食いしん坊な魔王を閉じ込めてある。創ったはいいが殺しきれなくてね。どうしようかと思ったが、公に出来ない罪人や反逆者にはぴったりな使い道を見つけたんだ」

「魔王が城の地下にいたのか!?」


 なぜ誰も気づかなかったんだ? と言いかけたが、すぐに〝服従の呪い〟を思い出す。巡回する兵士に対してここに近寄らせないように命令すればいいだけだ。


「若い女の肉は久しぶりだろうから、ゆっくり味わってくれるだろうよ」

「……ふざけるなっ!!!」


 右腕の痛みに耐えながら、落ちていた短剣を素早く拾ってメルザに切りかかる。今のメルザは無防備だ。私は騎士ではないが、一応剣術の訓練は受けてきた。確実に殺せる。

 いや、今殺さなければ大変なことになる。

 剣の軌道はメルザが咄嗟に伸ばした手をすり抜け、あと少しで刃先が胸に届く。


 いける!!


 だが、それ以上前へ剣が進まない。いつの間にか剣を落としてしまっていた。

 力みすぎてすっぽ抜けてしまったのか?


 というより、両腕の感覚がない。


「え……」

「激痛の中でよく動けた。だがまだ足りないようだね」


 メルザが伸ばした右手が私の左肩に触れていた。そこから服を伝うように黒い模様が私の両腕に広がる。僅かにピリピリと痺れているのは解ったが、それ以上の感覚が伝わってこない。


「〝縛りの呪い〟をかけさせてもらった。効果は一時的になるだろうが、呪いにはこういう使い方もあるんだ」


 呪いを発動させるにはそれなりに準備が必要だ。最適な魔力量、効果や範囲の設定、体内の魔力を刻印として記号化し、適切な位置に打ち込むことで発動する。そうしなければ呪いの効果が自分に跳ね返ってくる可能性があるからだ。

 全身を徐々に崩壊させる〝滅びの呪い〟のような、効果範囲をそれほど限定しない呪いなら膨大な魔力の籠った体液が体に触れるという単純なプロセスで済む。しかし体の一部にのみ効果を与えたいなら魔力の精密な操作が絶対に不可欠になる。


 それを咄嗟の防御手段に使うなんて聞いたことがない。


 ただ返り討ちにするならこんな面倒なことはしないだろう。

 遊ばれている。

 今の私では敵わないことを解ったうえでわざと攻撃させたんだ。


 これが〝太古の魔女〟との実力差なのか。


「〝滅びの呪い〟の痛みまで麻痺させてしまったのは惜しいが、直に全身が朽ちていく痛みが広がっていく。それまでは痛まずに済んで良かったじゃないか」

「くっ!!」

「おっと、あまり無理に動かない方がいい。呪いが重複してかけられているんだ。下手をすると呪いが本来とは違う効果に変異してしまう。そうなれば魔女である私にも解けないぞ」


 思わず後ずさりしてしまっていた。すぐ後ろにはどこまで続くか解らない深い闇があるだけなのに。痺れた両腕は肩先から情けなくブラブラと揺れている。

 そうしているうちにメルザがジリジリと詰め寄ってきた。完全に無防備になってしまった私に哀れみでも抱いているような表情をしながら。


「くそ、化け物め。これ以上アスタ様に手は出させない。必ず生きて戻ってくる!!」


 ちくしょう。

 精一杯の大声も、もはや虚勢にしかならない。


「残念だがお前は私を殺せない。お前が対峙するのは暗く湿った地の底を這いずり回る、〝無限の魔王〟さ」


 勢い良く腹を蹴られ、私は下へ突き落とされる。


「さよなら、エヴィ・レックスフォード。いつか地獄で会えたら、また知恵比べでもしよう」


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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 次回もお楽しみに!



 乗っ取りのためなら国も立て直すし、国王とやることやるし、大事なことは自分でやるしでめちゃめちゃ勤勉なメルザさん。

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