第4話 太古の魔女
王妃は静かに目を閉じ、満面に笑みを私に見せながら言った。
「やはり、お前を先に排除するのは正しかったようですね」
「え……」
王妃が握っていた私の手が禍々しく光る。同時に激しい痛みに襲われる。
「ぐっ!!」
慌ててメルザ様の手を振り払う。
痛い。痛い痛い。状況の理解が出来ないまま、シンプルな感想だけが脳を駆け巡る。
よく見ると右手の甲に奇怪な模様が浮かんでいた。皮膚の中で荒々しくうごめき、特定の形を作っていく。その間、右腕全体の骨や肉が軋み、焼けるように熱くなった。
「お前は賢く、王女とも近すぎるからな。計画の邪魔をされては困る」
「あ、が……。なに……を……して!?」
王妃は何も答えない。ただ妖しく笑うだけだ。
痛みに耐えながらもう一度よく右手を見る。模様は規則的な配置に収まりつつあり、文字にも見えなくない。
見覚えのある文字……王妃……魔法使い……古代の魔法……呪い。
痛みで止まりかけている思考をふり絞って単語を紡ぎ、私はひとつの結論を導き出す。
「まさか……魔王の、呪い?」
「さすがは天葬師。答えに辿りつくのが早いな」
メルザ様の様子は先ほどとは別物だった。姿こそそのままだが、息の詰まるような瘴気を放っている。とても普通の人間とは思えない。
「そいつは全ての魔王に共通して仕込んでおいた〝滅びの呪い〟だ。魔王を殺した英雄が受けるものと同じ術式だが、お前は呪いに抵抗力を持っているからな。確実に殺せるように少し強めに設定させてもらった」
「あなたは……いや、お前は……何者だ!」
「私は王妃メルザさ。だが正確に言うなら、幾千年もの間、辺境の古城に封印されていた太古の魔女だよ」
「魔女……だと!?」
この大陸において、〝太古の魔女〟と呼ばれる者は過去にも未来にも一人しかいない。
大陸中に何体もの魔王を解き放ち、世界を大混乱に陥れた元凶だ。
各地に魔女についての伝承や書物はあるものの、詳しい姿や正体は不明。呪いと呼ばれるものの大半は太古の魔女によって作り出され、多くの魔法使いが挑んでもいまだ解呪に至った例は少ない。
そんな伝説級の人物が目の前に、しかも今まで我が国の王妃の座についていたのか?
そんな、そんなバカげた話――――、
「到底受け入れがたい。そんな顔をしているね」
「まさか、アスタに呪いをかけたのは」
「私だ。素人に呪いが扱えるわけがない、という推測は見事だったよ」
「ランディを利用して私を極刑にしようとしたのも……」
「それも私。なかなかの悲劇だったと聞いた。観劇できなくて残念だ」
「…………刑の執行を待たずに私を連れ出したのは、直接殺すためか」
「ふふっ、全問正解だよ。私は計画の大事な部分は自分でやらなければ気が済まない性格なんだ」
魔女メルザは私の反応を見て楽しそうに笑っていた。白い肌を少し赤らめ、堪えるように口元に手を当てる。
これまでの〝王妃メルザ様〟として見るなら人間らしく感じるのかもしれない。だが今はもうこいつは魔女だ。生き生きと笑う姿が歪んで見える。狂ってる、イカれてる。
「お前の……目的は、なんだ!! 王妃の座について、何をしようとしている?」
「うーん、そうだな。どこから話そうか」
メルザは指を頭に当てて大げさに考えこむ仕草を取った後、悪戯っぽく笑って口を開く。
「手短に話そう。だらだらしていたら途中でお前が死んでしまいそうだから」
メルザは昔を懐かしむようにハツラツと語り始めた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
普段無表情の女性の笑顔って三割増しで可愛いと思う。