第3話 地下通路
「ついてきなさい。地下水路に続く道を進みます」
メルザ様に連れられ、暗い地下通路を進む。通路は細く、人ひとりが通れるくらいの幅しかない。途中で片側の壁が無くなり、下を覗き込んでも暗く深い闇が広がっていることしか確認できなくなった。
どうやら王宮とは反対方向に向かっているみたいだが、もしや本当に私を逃がそうとしているのか?
私の黙って後ろを歩く兵士は私についてどう考えているのだろう。王妃の命令とはいえ簡単に私を逃がしたことを考えると渋々従っているわけではないのか?
「あの、メルザ様」
「アスタのことなら心配いりません。呪い自体が消えた訳ではありませんが、進行は遅らせてあります」
私の考えを読んでいたかのように、メルザ様は僅かにこちらを見返す。その表情は普段の冷静なものからは想像できないほど険しかった。
「ほ、本当ですか!?」
「これでも国王陛下と出会う前は国境近くの古城に籠って古代魔法の研究をしていました。なので呪いについての知識も少しはあります」
驚いた。優れた魔法使いというのは聞いていたが、呪いにまで精通しているなんて。
「ではアスタ様を診ていたのも?」
「私です。常に目が離せない状態でしたし、人払いもしていました。だからあなたが捕縛されたこともつい先刻聞いたのです。庇うことが出来ずごめんなさいね」
「そんな、メルザ様に責はありません」
慌てて否定するも、メルザ様の顔は険しいままだ。
「国王陛下は今、心を乱されておられます。前王妃に続き娘まで死の淵を彷徨う姿を見て、冷静に判断することが出来ていないのです。そしてどんな嘘でさえ、憎しみにとらわれたままでは都合のいい真実になり替わる」
「っ!! ランディの証言のことですね? まさか今回の計画は奴が……」
メルザ様は静かに頷く。
思い返してみるとあの場で呪いに詳しい人間は天葬師の私だけ。他の処刑人はどこにも見当たらなかった。切迫した状況で気を回している暇はなかったが、主張に横やりを入れられることを恐れたランディが参加させなかったのだとしたら納得出来る。
「同じ職務についている者があなたを庇うために嘘をつく可能性があるなどと言えば、天葬師達を閉め出すことは簡単でしょう。全てはエヴィ、あなたに罪を着せるために用意された芝居だったということです」
「なんてことだ。あいつが孤児である私のことをよく思っていないのは知っていましたが、それでこんな大それたことをするなんて」
よもやそのために幼いアスタが巻き込まれた。こんな理不尽があってたまるか。
私が目を閉じて俯いていたのを見たメルザ様は歩みを止め、そっと私の手を握った。
「自分を責めないように。先ほどあなたは私にそう言ったではありませんか。あなたこそ今回の被害者の一人なのですよ? アスタのことなら私がなんとかします。呪いの解き方もじきにわかるでしょう。だからあなたはひとまず安全な場所まで逃げなければ……」
「はい、ですがランディがアスタ様を襲ったのが私への私怨からなら、少なくとも原因の一端は私にもあります」
メルザ様の手を今度は私が握り返し、真っすぐに彼女の目を見つめる。
陛下に心配の言葉をかけていただけることは素直にありがたい。でも私は逃げるわけにはいかない。いや、逃げたくなかった。
「前王妃に拾っていただき、アスタ様がお生まれになってから、この命は彼女のために使うと決めています。これは私が解決しなければならないことでもあるのです」
私がいまだに逃げる気がないことに僅かにメルザ様の顔に動揺が広がる。
あまり感情を表に出す方ではなかったが、前王妃が亡くなられて傷心の国王を支え、魔法の知識で国の兵力を強化していたのも彼女だ。今頼れるのはこの方だけだ。
もしかしたら自分は反逆の疑いを晴らせないまま死ぬかもしれない。なぜだかそんな予感がしていた。
しかしアスタに呪いをかけた人物はまだ生きているはず。必ず見つけなければならない。
「ランディがアスタ様に呪いをかけたのだとしても、一朝一夕に出来る事ではありません。奴に呪いの知識や扱い方を教え、手助けした仲間がいるはずです。きっとその者が真犯人でしょう。メルザ様、捜すのに協力していただけますか。犯人を見つけることができれば、アスタ様の呪いを解く方法もより早く見つかるかもしれません」
私の決意の固さにメルザ様は僅かにためらいを見せていたが、それも無駄だと悟ったようだ。
「そうですか……自分が死ぬかもしれない状況でもアスタの心配を。やはり……」
王妃は静かに目を閉じ、満面に笑みを私に見せながら言った。
「やはり、お前を先に排除するのは正しかったようですね」
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次回もお楽しみに!
王妃様も実力で選ばれるホワイトな王国。