第23話 強襲
「斧?」
どんな金属で使われているか解らないが、刃から柄の先まで繋ぎ目がなく、すべて一つの金属で出来ているらしい。
刃は顔より一回り以上大きいが柄は短く、片手で持っていてもとても軽い。
「いつの間に……」
「見たことない斧ね。エヴィ、こんなのどこで?」
「いや、私も何がなんだか……」
天葬術の発動前はなかったことを考えると、この斧は術に類するものなのかもしれない。
もっとも師匠から、こういう斧に関することは一度も教わったことはないが。
そう思っていると、斧から青白い光の粒子が零れ始めた。
「えっ!?」
数秒も待たずに斧はすべて光となって霧散してしまった。
光は右腕に集まると、黒く変色した肌に張り付いていく。やがてすべての光が腕を覆い、黒い呪いの跡の形を変えていく。
魔女メルザが私に〝滅びの呪い〟をかけた時に呪文が肌を這っていたのとは順序が逆になったようだ。
光はスルスルと手の甲に集束すると、灰色の紋様を形作っていた。
三日月の中にもうひとつ、小さい三日月が反転した状態で収まっている。その二つを貫くように、二本の線が絡み合っている。
〝滅びの呪い〟のような歪な文字などはない、単純な図形の集合体だ。
「変異した新しい呪いの刻印、ということなのか」
「エヴィの魔法だったんだね。すごい……とても綺麗だったよ、エヴィ」
隣で一部始終を見ていたアスタは感嘆の声を漏らす。
本当に不思議な術だ。
呪いで身体能力が強化されるなら、複雑な魔法も使えるだろうと思っていたが、あんなに光を放つものだったとは。
ましてや得体のしれない斧まで出てくるなんて。
それに、術を行使した時の青白い光。あれには見覚えがある。
忘れるわけがない。
あれは師匠が天葬術を使う時に、体にうっすらと纏っていたのと同じ色だったのだから。
今ごろ師匠はどこで何をしているんだろう。
国がこんな状況になっていると知ったら、どんな顔をするだろうか。
それとも彼女ほどの優れた魔法使いなら、既に何か動いているかも。
不意に懐かしさを覚えるが、一旦忘れよう。
師匠の行方を探すにせよ、まずはアスタと一緒に逃げなければ。
「アスタ、とにかく今はここを出よう」
「で、でもどこに行けば……」
「近衛騎士はほぼ全員敵だと思った方がいい。私が脱出していることも伝わっているかもしれない。最悪、王都から脱出することも視野に入れなくちゃならない」
メルザの手下達はともかく、他の一般市民から見ても私は王女を襲った犯人だ。
王都の中でアスタを連れている所を見られれば、潜伏するのは不可能だ。
「まずは王宮から出よう。アスタ、王宮の裏に出られる抜け道があったのは覚えてる?」
「うん、物置部屋の窓から庭に出る道だね」
「ああ。騎士達の目を掻い潜りながら、出来るだけ早く出よう」
そうしてアスタと手を繋いだまま、出口へ向かう。
着の身着のままになるが、かさばるものは持っていけない。
顔を少しだけ出して、部屋の外の様子を伺う。
長い廊下だか、誰もいない。
やはり寝室前の警護はタンバとクラネットが担当していたようだ。
道理で大きな音を立てても増援が来ないわけだ。
「よし、行こう」
私とアスタは柱の陰に張りつきながら、足音を立てないように廊下を進んでいく。
慣れ親しんだ王宮の中を息を潜めて移動するなんて妙な気分だ。
きっとそれはここで生まれたアスタの方がより感じているだろう。
「アスタ、平気か」
「少し怖いけど、大丈夫。エヴィが一緒にいてくれるんだもの」
アスタは顔を引きつらせながらも笑顔を作る。
私にいらぬ心配をかけないようにしているのかもしれない。
この子は今も昔と変わらない信頼を私に向けてくれるんだな。
どんな姿になっても私は私。
その言葉に勇気をもらいつつ、今の私の体がどんな状態か話しても本当に変わらずいてくれるか少し不安ではある。
それでも、今は彼女の信頼に応えたい。
「エヴィ? 何笑ってるの?」
「ふっ、なんでもない。ありが……」
そう言いながら、ふと後ろにいるアスタを見ると、
肉眼でも見えるほどの衝撃波がものすごい速度でこちらに向かってくるのが見えた。
「っ!?」
咄嗟にアスタを左手で引っ張り、右腕を前に出す。
けれど天葬術を使おうにも、魔法の性質を考えている余裕はなかった。
右手の刻印から僅かに光が漏れる。
そう思った次の瞬間、白銀の斧が右手の中に収まっていた。
「また出た!?」
突然の出現に焦りつつ、斧を握る手に力を込める。
アスタを抱きかかえ、斧の側面を衝撃波に向けて防御の構えを取る。
直後、歯の部分に衝撃波が直撃した。
ズガガガガガッ!!!
床や壁を壊しながら、多段的に対象を削ろうとする衝撃を真正面に受け、私の体は二、三メートル後退する。
「〝天葬術〟!!!」
術を唱えつつ斧を横に薙ぐ。
少しだけ威力を弱めた衝撃波はすぐ横の壁に激突し、大きな土煙をあげた。
「アスタ! 大丈夫!?」
「う、うん。ありがとう」
よかった。
だが、攻撃に全く前兆がなかった。
それにあの衝撃波。
高密度の風系魔法。多段攻撃で相手の防御を崩す強力な真空刃。
あれが使える人間を私は知っている。
出来れば今は出会いたくなかった。
土煙の中から襲撃者がゆっくりと歩いてくる。
柔らかなブロンドの髪、憎らしいほど端麗な顔つき。
重厚な鎧を着こみ、手には磨かれた両刃剣。
そいつは苦虫を噛み潰したような顔で私を睨んでいる。
「なんでお前がここにいる……エヴィ!?」
私を陥れた張本人、ランディがそこにいた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
次回は第1話ぶり、因縁の対決です。