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第21話 手と手

「え……」


 クラネットの兜は粉々に砕かれており、顔の原型はほぼ失われていた。

 辛うじて生きているのかビクビクと全身が痙攣し、ヒューヒューとか細い呼吸だけがかすかに聞こえる。


 どうやら私が馬乗りになり、身動きが取れないよう押さえつけてから、一心不乱に殴り続けていたようだ。

 黒い右腕はクラネットの血で赤黒く染まり、血は肘を伝ってポタリポタリと床に滴っていた。


「エヴィ、もうやめて……」


 アスタは今にも泣き出しそうな声で呟いた。


「私を助けに来てくれたのは解ってる。だけど、この人達のようになっては駄目だよ!!」


 抱きしめる腕に力が籠る。魔王との戦闘でボロボロになった服を握りしめる姿は、掴んだものを二度と離さないと訴えかけているようだった。


「私は知ってる。エヴィが行動を起こすときは決まって、私や他の大事な人のためなんだもの」


 アスタはそっと私の右腕に触れる。

 血や呪いがついてしまうかも、と払おうとしたが、彼女は構わず手を握ってくる。

 その手には力こそ籠っていないが、言いようのない温かみを感じた。


 そして、手の甲に浮かんだ怪しげな刻印を見つめる。


「この腕は……その証なんでしょう?」


 胸が熱くなった。

 何をやっているんだ、私は。


 師匠は言っていた。


 天葬師は怒りや快楽で人を殺さない。

 信念を持って生き抜いた人々の名誉を守る、そのために命を奪う。



 度重なる理不尽の中で、忘れてしまう所だった。

 生きる希望をくれた恩人からの言葉を。

 超えてはいけない一線を。


 けれど、アスタが思い出させてくれた。


 ふう、と私は大きく息をつく。


 よかった。

 踏み越えてしまわなくてよかった……。


 私はポツリと呟く。


「聞かないのか? その、見るからにおかしな状態なのに」

「ふふっ、そんなの後でゆっくり聞くわ。それに、怖いわけないじゃない」


 アスタは慈愛に満ちた笑顔を向ける。


「どんな姿だって、あなたはあなたでしょう? どんな時でも私の隣にいてくれる、私の大切な友達でしょう?」


 思わず泣き出しそうになる。

 慌てて天井を向いてごまかし、アスタに笑いかける。


「……ごめん、どうかしてた」

「ごめんって言葉が聞きたいわけじゃないんだよ?」


 アスタは頬を膨らませる。


 それもそうだ。

 もっとかけるべき言葉があるだろう。


「……助けてくれてありがとう。私もちゃんと、自分の弱さと向き合うよ」


 その言葉に、アスタはやっと笑顔になる。


「どういたしまして、後でお礼は弾むからね」

「ふっ、怖いなぁ」


 この子と一緒なら、呪いだって怖くない。

 どこまでも行ける、そんな気がする。


「待てやゴラァ!!!」


 大声に驚いて振り返ると、壁からタンバが這い出てきている所だった。


 鎧にヒビが入ってはいるが、元々の体格のおかげで気を失う程度で済んだらしい。


 私は左腕でアスタを支えながら素早く立ち上がる。その左手をアスタがぎゅっと握っていた。

 少し体は大きくなったようだが、小さくて小鳥のように暖かいのは昔から何も変わらない。

 たったそれだけのことが私にどれだけの勇気をくれるか、彼女自身も解っていないだろう。


「何笑ってんだ。さっきまで鬼みてえな顔してた奴がよぉ」

「何だ、笑ってる相手を切るのはさすがに忍びないか?」

「てめえ、舐めた口聞いてんじゃねえぞ!!!」


 タンバが右手に持った大剣に力を込める。すると刃に赤い靄が纏い始める。不透明の靄はタンバの体をも覆い、時々バチバチと火花のようなものを散らす。


「驚いた。お前、魔法が使えるのか」

「ハッ、俺様は魔法剣士ってやつでな、でかい図体ってだけで油断した奴を何人も返り討ちにしてきたんだ」

「〝強化魔法〟特有のオレンジがかった赤のオーラ……切断力と身体強化の魔法だな」

「魔法が解った所で躱せなきゃ意味ないんだぜぇ、このクソアマァ!!」


 タンバは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 靄の濃さは魔力の高さ。濃ければ濃いほど魔法の威力は高い。


 彼の言う通り、あの靄を纏った大剣を食らえば私の体は真っ二つだろう。

 治癒する力だって、切断された胴を繋ぎ合わせるほど効果があるかも解らない。


 それに治るにしても、アスタにもう悲しい顔はさせたくないからな。


「躱さないよ、それにもう殴るのはなしだ」

「あ? 諦めたってことか」

「まさか。ここからは私の本分を全うさせてもらう」


 私は右手をタンバに向ける。

 意識を集中し、赤い靄の魔力を肌で感じ取っていく。


「〝天葬術〟」


 小さく、しかしはっきりと呟く。


 その瞬間、パンッ、と弾けるような音を立て、タンバを包んでいた赤い靄が一瞬でかき消えた。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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 次回もお楽しみに!



 触れ合って伝わる温もりは心の温度。

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