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第1話 呪いという名の化け物

「天葬師エヴィ・レックスフォード。王女殺害を計画した容疑でお前を捕縛する」


 私は突如、無実の罪で捕まった。



 私が仕えるグランク王国は大陸で一、二を争うほどの大国で、軍事力として数十万の騎士を有している。しかしこの軍事力は戦争のためのものではない。大陸中にいる強大な力を持つ魔物達、通称「魔王」の脅威から国を護るためだ。


 魔王は想像を絶する身体能力と古代の呪いを持ち、挑んだ者を何度も返り討ちにしてきた。戦争で千人倒した英雄を十人束にしても相打ちにできるかどうかわからない、とさえいわれている。


 この化け物たちの住む大陸に国を構えるには半端な戦力では到底敵わない。

 つまりこの大陸における大国とは数百年前から存在する魔王と渡り合う力がある、ということだ。当然その国は栄え、権威を持つようになる。

 しかしいくら戦力を固めようと権威を築こうと、魔王の呪いへの対抗策はまだ見つかっていないのが現状だ。



 そんな中、まだ幼い王女アスタ・ミール・グランクリーが魔王の呪いを受けた。



 魔法使い達がギリギリで呪いを抑え込んではいるが、予断を許さない状態らしい。

 王宮からほとんど外に出ない彼女が襲われた事態に王宮内は荒れたが、外部から侵入したらしき人物は見つからなかった。




「外部犯が出てこない以上、王女に近づくことが出来る人物を疑うのは自然なことだ。エヴィよ、お前はアスタと一番親しくしていたな?」


 国王ダラム様は玉座に座り、目の前で座らされている私を睨み付ける。


 両手は後ろで金属の錠で固定され、胴をぐるぐる巻きにした縄の端を兵士が持っている。きつめに固定されているせいか、褐色の肌に青紫色の痣が出来ている。

 少しでも身動きをすれば、兵士は私の赤髪を鷲掴みにして押さえつけようとする。

 普段は背中まで伸びた長髪を後ろでひとつにまとめているが、捕縛される際に髪留めが外れて無造作に乱れていた。


 私は疲れを感じつつ、青い瞳でダラム様を見返す。


「……はい、たしかにアスタ様がお生まれになってから今にいたるまでお側で成長を見守ってきました。時に身分を超えて実の姉妹のように思うこともありました。そんな殿下を私が呪い殺そうとするはずがありません!」


 ありえない。そんなはずがない。

 

 王妃様の実娘である王女アスタを含め王家とは本当に親しくしてきたし、それは周囲はもちろん、国王陛下がよく知っていたはず。なのに、なのにどうして私が王女様を殺さなければならない?


「何か、そう……何かの間違いです」


 アスタに近づくことができる人間なら私以外にも沢山いた。身の回りの世話をする侍女、食事を作る料理人、教育係……。王宮で働く人間なら誰にでも機会はある。

 それに、殿下を襲った方法が呪いというのにも違和感があった。


「本来、王都より外を徘徊する魔王の活きた体液を浴びなければ呪いを受けることはできません。魔王が王宮内で王女を襲うなどという都合のいい話がありますか!? 近しい人間が襲ったというなら、毒の方が自然に殺せるはずです! これには必ず裏があります。それを明らかにしなければ――――」

「往生際が悪いぞ、エヴィ!!」

「っ!?」


 私の訴えをさえぎったのは、近衛兵として近くで話を聞いていたランディだ。

 重厚な鎧に剣を携え、柔らかなブロンドの髪と端正な顔立ちをしている。彼への人気は高く、口も達者なので立ち回りもうまい。


 私が天葬師として仕え始めたのと同じ頃に近衛騎士団に加入した若者で、プライドが高すぎる性格を補って余る実力で近衛騎士団の中心メンバーにまでのし上がった男だ。

 昔から気が合うタイプではなかったが、最悪のタイミングだ。職務は違うが私のことをよく知っている。故にこの糾弾の場においても発言力が活かされてしまう。

 これは非常にまずい。


 ランディは近衛騎士の列から一歩前へ進み、国王に向かって膝をつく。


「突然の発言、失礼を承知で申し上げます、陛下。この女は罪を逃れるために適当なことを言って我々を混乱させようとしているだけです」

「なっ、適当なことではない! ランディ、お前もおかしいと思わないのか!? これはただの単独犯という話じゃない。呪いが王都内に持ち込むなんて一人で出来るわけない。これは複数の人物が関わっている可能性だってある! 今味方同士で疑い合ってる場合じゃないだろう!!」

「はっ、さすが呪われた騎士を処刑する専門家は呪いに関して雄弁だな? 魔王を殺した者は大陸中で称賛されるが、同時にその身に魔王の呪いを受ける。体が朽ちていく苦しみにもだえながら死んでいく英雄の誇りを護るために名誉ある死をもたらすのがお前のような魔法使い〝天葬師〟の役目。そうだよな?」


 ランディは意地悪い笑みをこちらに向ける。何が狙いなんだ?。


「……それがなんだ。今回の件と何の関係がある?」

「天葬師は常人より呪いに対する抵抗力がある人間が選ばれる。そうじゃなきゃ英雄を殺したら自分も呪いで死んじまうからな。でもそれは呪いを受けないって意味じゃない。僅かながら確実にその体に呪いを受けているってことだ」


 つまりだ、とランディは急に笑みをやめた。怒りのこもった、血走った目で私を睨み付ける。


「お前は自分の中に流れてる呪われた血を王女に与えたかもしれないってことだよ。抵抗力のない人間なら弱い呪いでも十分殺せるよなぁ?」

「なっ!?」


 やられた。

 天葬師は呪いと直接対峙することが多い。呪いに抵抗力を持っていることも、体内に呪いがあることも本当だ。だが――――、


「そんなことはない!! 私たち抵抗力の強い人間の体内に入った呪いは弱体化する。完全に消えることはないが、死に至らしめるようなものじゃない。たとえ他の人に私の血がかかったとしても、少し肌に痒みが出るだけだし、治す方法だってある!」

「本当にそう言い切れるのか!? 現にお前が近くにいたアスタ様は呪いによって今も苦しんでおられる。お前がいくら呪いについて詳しくたって、完璧かどうかわからない理論を持ち出されても周りを不安にさせるだけだ」


 違う。違うんだ。


「お前の師はそれは腕のある天葬師だったそうだな。人格者で、民からの信頼も厚かった。だがお前はどうだ。孤児として掃き溜めで暮らし、運よく拾ってもらって、情けをかけられて弟子になったのに、その恩を仇で返すのか!! これでは師の人を見定める目に曇りがあったと言われても仕方がない!」

「し、師匠は関係ないだろう!! お前がどれだけ私を糾弾しようと構わない!! だがあの人を侮辱することだけは許さないぞ!!」


 待て、落ち着くんだ。

 ランディは私を怒らせて、苦しい言い訳をしていると思わせたかっただけだ。周りの心象を悪くしようとしているだけだ。


 解りきっていたのに荒げる声が抑えられなかった。

 私に人を信じることを教えてくれたのは、他でもなく師匠だったから。

 どうしても許せなかった。


 けれど我に返った時には、ランディの術中にはまった後だった。


「……今の発言は罪を認める、という意味で捉えていいんだな?」

「っ!? ち、違う! 私じゃない!!」

「そもそもお前に自覚があるかどうかなんてもはやどうでもいいことなんだ。唯一確かなのは、今のお前は無関係な人を殺す呪いを持っているってことじゃないのか、この化け物め!!」


 魔王との戦いが数百年続いてはいるが、魔王の体を直接調べることは出来ないため、呪いに関する正確な情報は少ない。その知識の乏しさを利用されてしまった。


「あれが、化け物……」

「やっぱり王女様を呪ったのって……」


 ヒソヒソと小さな声が聞こえてきた。

 恐る恐る周囲を見る。やり取りを聞いていた近衛騎士や侍女、そして大臣達の空気が変わった。

 まるで私を病の塊でも見るかのように冷たく、侮蔑に満ちていた。

 国王でさえ、私を見る目に情けは欠片も感じない。自分の娘を殺そうとした奴が目の前にいるということに怒りすら覚えているかもしれない。


 そんな聴衆に背を向け、固く握った拳を震わせながら私を見下ろすランディの顔をもう一度見る。


「っ!!」


 ランディは笑っていた。口元を緩め、憎たらしいほど白い歯を僅かに見せる。

 震えていたのは周囲を味方につけ、私をおとしめたことに笑いを堪えるのに必死だったからだ。


「この、畜生が……」


 うまく言葉が出ない。ぐちゃぐちゃに混ざった感情で喉が詰まる。

 自分を化け物呼ばわりするこいつこそ、到底人間には見えなかった。

 後手に回った自分への情けなさ、陥れてきた奴らへ怒りと悔しさで今にも体が爆発しそうだ。今すぐこいつに掴みかかってやりたい。しかし体を縛る縄と金属の枷がそれを許さない。


「結論は出たな」


 国王の声が静かに響く。

 こうなっては誰も私の主張は受け入れられない。


「エヴィ・レックスフォードは極刑。刑の執行まで地下牢に閉じ込めておけ」


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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 次回もお楽しみに!



 褐色少女は作者の性癖?。

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