第17話 至高の瞬間
しかしアスタのなけなしの殺意にさえ、クラネットは動じない。
「よい、よい表情だ。貴女のそれが見たかったのだ、王女よ」
クラネットは兜の隙間から、恍惚の表情を見せた。
「守るべきものや希望を打ち砕かれた人間が心の底から絶望を味わう瞬間。そこに矜持などうという薄っぺらいものは存在し得ない。これを見る時こそ至福の瞬間っ!! 素晴らしいィ!!!」
クラネットの体が震える。湧き上がる笑いを堪えているようだ。
アスタの首に突きつけられた剣が歓喜でカチカチと細かに揺れる。
信じられない、とアスタは絶句する。
これが、誇りを胸に戦う我が国の近衛騎士なのか?
これでは頭のネジの外れた快楽殺人者ではないか。
とても王族を守護する者とは思えない。
「……あ、あなた達の中に、騎士としての誇りは……もうないの?」
アスタは息も絶え絶えに、絞りだすように問いかける。
「私に対しては……どうでもいい。でもこの国の民からの信頼を感じないの? 父上やメルザ様への忠義は、微塵もないというの?」
「忠義……ふむ。それは愚問だな。もちろんあるとも」
「だったら……」
「そもそも」
クラネットはアスタの言葉を遮り、わざとらしく首をかしげてみせた。
「貴女を殺すように我々へ指示されたのは他ならぬメルザ様なのだから」
「………………は?」
思わず言葉を失う。誰が、私を殺そうとしているって?
「どうして……」
「どうして? 決まっているだろう。貴女を殺せば王族の正当な血は途絶える。そうすれば実質的な支配権は王妃……いや、太古の魔女メルザ様が握ることになる」
「太古の魔女!?」
かつて大陸を跋扈する数多の魔王を創り出し、強力な呪いで世界を恐怖に陥れた神話上の存在。
四年前にアスタの実母である前王妃が無くなって翌年に後妻としてやってきた優秀な魔法使いが、太古の魔女その人だったなんて。
「……それでは近衛騎士は、魔女の手下になっていて、いつでも私を殺せるように準備していたってこと?」
「そうだ」
「お父様は、このことを知っていたの?」
「知っていたとしても、もうあの国王に力はない。あの男がメルザ様に近づいた時点で、既に傀儡になっていただろう」
なんという事実だ。あまりにも突飛な話過ぎて、頭では理解していても感情が追いついて来ない。
「父上が魔女の操り人形。ということはこの国は、とうの昔に魔女によって落とされていたのね」
「そういうこった。さあ行くぞ。メルザ様の目の前で殺すように言われてるんでな」
タンバはベッドの柱に括りつけられていた鎖を外し、乱雑に引っ張ってアスタを連れて行こうとする。
「いっ……いやっ!! やめろ!!」
アスタは必死に抵抗するが、大柄なタンバの力に成すすべなく引きずられていく。
国を滅ぼす呪いが何年も前から住み着いていたというのに、今までそれに気がつかず、のうのうと過ごしていたというのか。
悔しい、なんて言葉では言い足りない。
国民に、従者に、申し訳が立たない。
そして、今も捕まっているだろう、大切な友人にも。
彼女は巻き込まれたのだ。何も悪くない。
王女である自分と関わったばかりに、王族殺しの罪を着せられ死んでいく。
そう思うと、涙が溢れて止まらなくなった。
「……さい」
「あ? 何て言った?」
タンバが立ち止まり、小さく呟くアスタを見下ろす。
「……ごめんなさい、ごめんなさい。私の、せいで……」
冷たい床に顔をうずめ、小さな王女は涙を流していた。体を震わせ、嗚咽交じりに謝罪の言葉を繰り返す。
「今更命乞いかよ。もう遅えんだよ、もうじきお前は死ぬんだから」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「だから、今更謝ったって……」
「……なさい、ごめんなさい……」
それでも彼女は言葉を止めない。止められなかった。
命乞いという利己的なものではない、後悔と怒りの混じった謝意。
己の力不足を一番呪っているのは、アスタ自身なのだから。
それに気がつかないタンバは苛立ちを増していく。
「バーカ、助けなんか来やしねえ!! お前は王族からも臣下からも裏切られてひとりで死んでいくんだよ!! ハハハハハッ!!!!!」
タンバの笑い声が部屋中に響き渡る。
アスタの思い出が詰まった寝室に絶望が充満していく。
タンバが今度こそアスタを連れて行こうと入口の方へ向き直る。
そこではじめて、怪訝そうな顔をした。
「あん? 何だお前は」
誰かがいるらしい。
床に突っ伏したアスタにその姿を確認することは出来なかった。
けれど、その人物が発する声は暖かく、それでいて凛としていて、
そして何よりも、アスタが一番会いたかった人の声だった。
「お前ら……私の友達に何をしている?」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
どうせバカなら理性の飛んだバカを。




