第15話 寝室の独白
【アスタ視点】
王女アスタは、王宮内の自室に閉じ込められていた。
真っ暗な部屋で、明かりをつけることも許されず、手足には鉄製の枷がはめられている。
部屋内を動き回ることも出来ないので、キングサイズのベッドの上で膝を抱えてうずくまり、外から時折聞こえる大声に耳を傾けていた。
焦った兵士の声、不安を訴える侍女の声。
どれもバラバラなことを話していて正確な情報は伝わってこない。
何より彼らを焦らせているのは、アスタに関する情報だろう。
王女アスタは不治の呪いを受け昏睡状態に陥り、その犯人である天葬師エヴィ・レックスフォードを捕えた、らしい。
なんて馬鹿馬鹿しい話だ、とアスタは思った。
現に彼女は呪いなどひとつも受けてはいないし、六日前に近衛騎士が連れだって自室に閉じ込めて以来、まともに人に会っていないのだから。
アスタを閉じ込めた近衛兵は金髪の若い男だった。
見覚えはあった。エヴィによく突っかかっている嫌味な男だったような。
名前は確か、ランディといったか。
近衛騎士の中ではかなり中心にいた者というのは聞いているが、なぜ彼がこんな嘘をつき、アスタを閉じ込めたのだろう。
あまりアスタと頻繁に話をしていたわけではないので、彼の人となりについては解らない。
自分が被害に遭っていないのなら、エヴィは無実の罪で捕まったことになる。
アスタにしたランディの行動も考えると、エヴィが捕まったのもランディが絡んでいる可能性は高い。
最初は王女である自分を殺そうとしているのかと警戒していたが、なぜか一部の侍女を脅す形で食事など必要最低限の生活はさせている。
手伝わされていた侍女も猿轡で口を塞がれ、部屋の隅で繋がれている。
硬い床の上で座らせられ、食事の時だけ拘束を解かれる。
そんな生活が六日も続いていた。
さすがに疲れの色が見える、なんとかしてあげたいが、手足につけられた枷がベッドに繋がれているため動くことも出来ない。
国王ダラムや王妃メルザが今どうしているかは誰の会話からも聞くことが出来なかったが、自分と同じように捕まっていると考えるのが自然だ。
ランディはなぜこんな真似をしたのだろう。
最も考えられるのはランディなど近衛騎士の謀反だ。
グランツ王国は魔王に対抗するために軍事力に力を注いできた。今では大陸で一、二を争う程だ。
代々の王妃が引き継ぐ古代魔法〝祝福の刻印〟で騎士たちの魔力が底上げされているのも一因だが、実際に戦う騎士一人ひとりの能力が高いということもある。
しかしいくら練度の高い軍といえど、増長しやすい人間はどうしても出てしまう。
今回のランディの凶行はそれに類するものなのだろう。
王族をすぐに殺さないことを考えると、国王を打倒するというものとは別の理由があるのかもしれない。
それにアスタにとって一番気がかりなのが、エヴィがその犯人として捕まったという情報だ。
無実の罪で捕まったのだとしても、王族を襲うなんて極刑は免れない。
王女であるアスタと仲がいいエヴィを邪魔に思われて、ランディら真犯人の身代わりにされたのだろう。
この国では大罪人を表立って処刑することはしない。
詳しい内容は解らないが、処刑は王宮の地下深くで行われるらしい。
万が一隙をついて抜け出せたとしても、逃げ切れるのは簡単じゃない。
エヴィは天葬師という、魔法使いの中でも特殊な位置に属している。
死期を待つ人のために緩やかに命を削る〝天葬魔法〟を使う。
人によって保有する魔力量も全く違うため、繊細な魔力コントロールと根気を必要とする。その研鑽には長い時間を有するため、他の実践的な魔法を並行して習得するのは難しいと言われている。
故に天葬師は一般的に戦闘向きではない。呪われた騎士にも天葬魔法も施すことから呪いに関する知識はあるため、後衛で解呪術師として立ちまわることもある。
けれどそれも、あくまで補助的な役割になることが多い。
そんな彼女が謀反を起こした近衛騎士がいる王宮から脱出出来るだろうか。
「エヴィ……無事でいて」
いつ自分に牙をむかれるか解らない状態だが、エヴィの無事だけが今の願いとなっていた。
アスタにとって彼女とは単なる主と従者という関係ではない。
辛い時も楽しい時も、自分が物心ついた頃からずっと傍にいてくれた。
彼女はアスタと違って慎重な性格で、無邪気なアスタが行き過ぎた行動をしてしまわないように諫めてくれていたのだ。
彼女がいなければ、他人の気持ちの解らない我が儘な姫に育っていたかもしれない。
エヴィが自身のことを悲観的に思っていることも知っている。
もしかしたら今のこの状況だって、自分に何か至らない所があったから起きたのかも、と考えるに違いない。
それでもアスタを支えてくれ、どんな時も隣にいてくれた友達を見捨てたくはなかった。
それに、今まで脅されながらも食事を食べさせてくれた侍女も助けなくては。
どうすればエヴィを助けられる? 今の拘束を解き、それから侍女を助けて、隙を見計らって逃げ出す?
時間がいくらあっても足りない。
アスタも走りにはそれなりに自信はあるが、騎士相手に通用するとはとても思えない。
どうしよう。
アスタが悩んでいたその時、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
やっと現代軸にヒロイン登場。