第14話 恐れ
私は足元に落ちていた瓦礫をいくつか拾うと、そのうちひとつを〝無限の魔王〟の顔面に思い切り投げつける。
ヒュンッ、と風を切る音と共に瓦礫は魔王の顔に直撃する。当たった衝撃は大きかったのか魔王の首が揺らぐ。しかし瓦礫は砂糖のようにバラバラと崩れてしまった。
思った通り、石などの瓦礫などで魔王がダメージを負うことはないのだろう。だが私が勢いをつけて投げたことで速度が増せば、ショックを与えることは出来る。
「グゴガガガガガ……!!」
瓦礫をぶつけられたことで〝無限の魔王〟は怒り始める。
頃合いだ。
ここからはノンストップで攻めて、一気に決めよう。
「ふんっ!!」
持っていた瓦礫を更に三個、タイミングをずらして頭部へ投げる。着弾する度に〝無限の魔王〟は何度も顔に弾かれるような衝撃を受けて頭部を揺らす。
その隙に新たに拾い直した瓦礫数個を頭部だけでなく足や胴へ投げ込む。
さすがにうっとうしく思ったのか、〝無限の魔王〟は尻尾を素早く動かし、全ての瓦礫を防ぐために体の前面に構える。
この瞬間を待っていた。
私は足に力を込め、一気に地面を蹴って飛び出す。
自分でも思ってもいない速度が出たことに恐怖感も沸いたが、すぐにそれすら脳裏に置いていってしまった。
一瞬で距離を詰め、瓦礫が尻尾に着弾するタイミングに合わせて拳を振り抜く。
「…………おらああああああああっ!!!!」
壁に貼り付けられていた時に出したぶん回しとは違う。勢いをつけ、体重を乗せたパンチが尻尾に当たる。
ドゴオォッ!!!!
尻尾のガードごと魔王の胴体に右拳が突き刺さった。
元々、瓦礫を防ぐことを想定していた魔王にとっては予想外の一撃だったに違いない。
〝無限の魔王〟は地面に叩きつけられ、メキメキと体内から異様な破壊音が響く。
叫び声も出すことも出来ないまま、口から大量の血を吹き出す。
そしてビクビクと痙攣し、魔王は動かなくなってしまった。
魔王の胴体にめりこんだ拳を引き抜き、私は茫然とその光景を眺めてしまった。
「……なんだこれは」
信じられない。
魔王を倒してしまった?
いや、そうじゃない。
痙攣してはいるが、まだ生きている。
すぐに起き上がってはこないだろうけど。
問題はそこじゃない。
魔王は精鋭の騎士を束にして相討ちに出来るか解らないと言われている。
そんな〝化け物がすぐに起き上がれないほどのダメージ〟を私が与えたのか?
魔王は私を警戒していた。
私だって甘く見ていた訳じゃない。威嚇する形で少しダメージを与えてやれば逃げてくれるかもしれない、なんて成功するか解らない作戦を立てていたくらいだ。
なのに、どうしてこうなる。
たかが隙をついたパンチ一発だぞ。それであまつさえ魔王と呼ばれる化け物がダウンするなんて普通じゃない。
魔王が弱かった可能性は?
私が怪我をしていただけで、実はそんなに強くなかったのでは?
しかしその考えも思いついた途端に虚空へ消える。
あり得ない。現に私は奴と対峙した時、形容しがたい程のおぞましさを感じた。
このままでは本当に呪い殺されると本気で思わされる瘴気を放っていた。
断じて弱くない相手だった。
もう一度自分の右腕を見る。
腕の形をしているだけの、禍々しさを放ちながら黒く輝く呪いの化身。
「これが呪いの力なのか……」
超人的な力に過ぎないと甘く見ていた。
どんな呪いに変異したかも解らない状態なのは解っていたはずなのに。
怖い。
自分に宿ってしまった得体の知れない力が急に恐ろしく感じた。
膝や手が震える。
背筋にゾワリと寒気が走った所で、我に帰る。
「……今は先へ急がないと」
言葉で無理矢理感情を抑える。
今は怯えている場合じゃない。
予定は狂ったが、この地下水路を抜けることは出来そうなんだから。
止まりかけていた足を動かさなければならない。
助けを待つアスタの元へ行かなければ。
ここで生き残ったこともすべて無意味になってしまう。
私は左手を強く握りしめ、震える膝を叩く。
ジーンと響く鈍い痛み、しかしその痛みもいつの間にか消えている。
私の中で何かが変わってしまった。
それでも、変わらないもののために戦うだけだ。
「進むんだ。先へ」
言い聞かせるように呟くと、地下水路の出口に向けて歩き始めた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
決死の思いで掴んだ力は彼女をどこへ導くのでしょうか。