第13話 変異
ごくん。
異物が喉を通り、体の奥底に落ちていく。けれど、そこから食道を通る感覚もないまま、じわじわと異物が溶け消えていくような気がした。
生暖かい感覚は首から胸、胴、手足へと広かっていく。
皮膚の下を這いずりまわるような気味の悪い感じだが、なぜか不快感はなかった。
それどころか、それまで体の至るところで発せられていた痛みや痺れが薄れていく。
尻尾で拘束されていて実際に見ることは出来ないので、どうなっているか解らないが。
段々と脈が早くなってきた。意識がはっきりしていることから、出血量が増えているわけもないらしい。
そして何より体が熱い。体中から湯気が出そうだ。
特に右腕が焼けるように熱くて仕方ない。全身の熱を集中させているようだ。
尻尾で壁に固定されているのも重なり、動きたい衝動に駆られる。
焦れったい。動け、動、ケ。
この熱を放出しなければ、自分が内側から爆発してしまいそうだ。
試しに腕を動かしてみる。相変わらず尻尾が巻き付いているが、僅かに私の意思のままに腕が動く。
尻尾の拘束力が弱まっている?
それとも……。
いや、動くと解ったならそれでいい。
渾身の力を込めて、一気に壁から引き剥がすだけだ。
殴レ……ナ、グレ……。
そういえば目も開くようになっている。開けてみると、視界には今にも自分を食わんとしている魔王がいた。
「…………ぉぉぉぉおおおおおらああああっ!!」
反射的に私は拳を握り、思い切り前に突き出す。
ブチブチブチッッ!!!
拘束は蜘蛛の糸を払うかのように、呆気なく解けた。
勢いよく前方に振り抜いた拳が魔王の頭部に直撃する。
「グギャアアアアアアッ!!」
私の数倍もある巨体は軽々と吹き飛び、向かいの石壁に激突した。
同時に、私を拘束していた真っ白な尻尾はバラバラと緩む。
何気なく地面に着地してみて、改めて驚く。
全身の怪我が全て跡形もなく消えている。骨が飛び出し、切り口から肉まで見えていた足も同様にだ。
どうやら痛みが消えていく感覚は比喩ではなかったらしい。
同時に体が熱くなったが、あれは体が急激に回復している状態のようだ。
そして咄嗟に放ったパンチもそうだ。
相手も反撃されると思っていなかったのだろう。不意打ちが綺麗に決まった。
けれど踏み込みもないただの〝ぶん回し〟で魔王が吹き飛ぶだろうか?
ふと右腕を見て、あることに気が付く。
「……これは」
魔王を殴り飛ばした右腕が真っ黒に変色していた。元々褐色の肌ではあるが、それよりもっと濃い。今や肘から先がインクのような紫がかった黒色に覆われていた。
この色には覚えがある。メルザが私の手の甲に刻み込んだ〝滅びの呪い〟の刻印。気味悪くうごめいていた文字の色と一緒だ。
ということはこれは呪いの類だ。でも先ほどのような体の内側を食いつくそうとする痛みはない。
だとすると、やはり。
「呪いが変異したのか」
メルザは言っていた。複数の呪いを一つの肉体に重ねすぎると、予想だにしていない変異を起こすことがあると。
私は〝滅びの呪い〟と〝縛りの呪い〟の二つの呪いをかけられていた。そこに強力な呪いの塊ともいえる〝無限の魔王〟の肉体を取り込んだことで、呪いの効果が変わったのだろう。
「賭けには一応……勝ったらしいな」
ふう、と軽く息をつく。安心したわけじゃない。
むしろ何が起きたか、自分が一番困惑している。
具体的にどういう変異が起きたのか、とかは正直まだ実感が沸かない。
腕だけで魔王を吹き飛ばしたり、傷が治ったりするのも十分とんでもない力だとは思うが、いかんせん相手は呪いだ。デメリットがないわけがない。
一時的に超人的な力を得る代わりに数分後に死む、とかだったら本当に笑えない。
ガラガラと音を立てて、瓦礫の山から〝無限の魔王〟が這い出てきた。
唇がパックリと割れ、赤黒い血が流れている。
先ほどのようにすぐに捕まえる体勢に移さない。
思わぬカウンターを食らって警戒しているようだ。
警戒するわ、血も赤いわ。人を模した口といい、メルザよりも魔王の方がヨホド人間らしいじゃナイか。
……ん、いやいや、軽口を叩いてる場合か。
集中しろ。今は呪いの力についてだ。
とりあえず頭を軽く振って雑念を消す。
デメリットが力の発動後にくると仮定した場合、ここで長期戦をしていては駄目だ。
目的はあくまでアスタの救出。そこまでこの力を持たせなくてはならない。
使いすぎや暴発もしない方がいいかもしれない。
そう考えると今〝無限の魔王〟が警戒している状況をどう見るか。
変に逃げたり攻撃したりを繰り返されては面倒だ。
奴に動物らしい〝警戒する〟ことが出来ているなら、大人しく怖がって逃げてくれた方がいい。
王宮の真下にいる魔王を放置するのは気が引けるが、今まで存在が気付かれなかったことから地下水路に閉じ込めておけばすぐさま地上に被害が及ぶわけでもないだろう。
優先順位は低い。
今やるべきことは、少ない手数で魔王を圧倒した、と奴自身に認識させること。
「よし、時間との勝負だ」
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暖かくなると動きたくなる、これ自然の摂理(偏見)。




