第12話 苦味
夢を見ていたようだ。小さな王女様の、私の友達の夢を。
実際の時間はほんの一瞬だったのだろう。
いまだに私は〝無限の魔王〟の拘束から抜け出せていないし、右腕にある呪いはギリギリと痛みを伴いながら体を侵食している。
額から流れた血が目に入って開けられない。
今にも〝無限の魔王〟の口が私の頭を噛み千切るかもしれない。
状況は何も変わっていない。むしろ悪くなる一方だ。
正直、諦めてしまっていた。
アスタは救えず、私は惨めに死んでいく。
それは変えようがない、仕方がないことだと。
昔から私は、物事を悪い方に考えてしまう。
その癖は今も直っていない。
こんな絶望的な状況なら、逃げてもいいはずだ。
人智を超えた力を前にしたら普通なら皆諦めるだろう。
出来ることはやった。もう限界だ。
たぶんアスタならそれでもいいと言ってくれるんだろう。
ここで二人一緒に死んで、私が泣いて詫びたとしても、
きっとあの子はいつものように明るく笑って、よく頑張ったと慰めてくれる。
そんな優しい結末もありなんだろうか。
いや、
「……それだけは駄目だな」
自然と言葉が漏れた。
そんな未来は嫌だ。
仮にアスタが許しても、皆が諦めても、私は彼女の死を黙って受け入れた自分を許すことは出来ないだろう。
悪意にまみれた、人の命を弄ぶ行為に屈して、その先で笑えるわけがない。
許して欲しくて友達になったんじゃない。
慰めて欲しくて頑張るんじゃない。
王妃様が亡くなったあの日、アスタを抱きしめながら誓ったんだ。
明るくて優しい、孤独な少女の隣にい続ける。
無二の友達として、人の一生の最期を見届ける者として、生きて彼女の未来を守りたい。
そのために、今の私に出来る事をやろう。
考えろ。知恵を絞れ。
私は天葬師。呪いのスペシャリスト。
これまで数々の呪いに侵された亡骸を調べてきた。
死にゆく者のために培ってきた経験と知識を、今は自分を生かすためにフル活用するんだ。
未知の呪いがなんだ。不治の呪いがなんだ。
化け物のようなメルザが作ったのだとしても、知恵を持つ者が作ったのなら構造や理論は必ず存在するはず。
ん?
待て、そういえばメルザが呪いについていろいろ語っていたな。
もしあれが本当なら、もしかしたら……。
メルザが嘘をついているかもしれないと一瞬よぎったが、死に際の相手に嘘をつく理由はないはず。
それに、あいつは私を蹴り落としながら言っていたじゃないか。
『いつか地獄で会えたら、また知恵比べでもしよう』
そうだ、〝知恵比べ〟だったな。
それなら、やってみる価値はあるかもしれない。
「……おい、聞いてるか。魔王」
今にも自分を食らおうとしている化け物に語りかける。不思議と恐怖心は湧かなかった。
「お前らを殺した者は死んでも消えない呪いを受けるんだったな。なら、すでに呪われてる私がお前を殺したらどうなると思う」
化け物に言葉が通じているかも解らないが、言葉だけはつらつらと浮かんでくる。
そもそも武器もない。手足も拘束されている。
そんな人間に何が出来るというのだろう。
それでも、諦めたくなかった。
「綺麗事だけで自分をごまかすのはもう止めだ。清濁併せて、人間らしく、私は足掻くよ」
次の瞬間、私は魔王の尻尾に噛みついていた。細く分裂した尻尾は人間の顎でも噛める。鱗などがないため、体表は柔らかい。
いける。
これに賭けてみるしかない。
「ぐぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおあああああああ!!!!」
そのまま渾身の力を込めて、肉を噛み千切った。
「う゛っ!!」
口の中いっぱいに苦味が広がる。想像を絶する臭気に全身が拒絶反応を示す。
冷や汗、震え、鳥肌。本能があらゆる手段で、これは体内に入れるべきものではないことを私に伝えてくる。
思わず吐き出しそうになるのを堪え、舌で無理矢理喉の奥に押し込んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
コーヒーの苦さに慣れたら大人の入口、でも大人ほど体調崩しやすいのて飲み過ぎ注意。




