第11話 君の隣
そんなアスタが十歳になった時のこと。
悲しみは突然やって来た。
王妃様が病に倒れた。
優秀な魔法使い達を総動員して治癒したが、どうにもならなかった。
元々体が弱かったこともあって、もう長くはないらしい。
自分の死期を悟った王妃様は、旧友である師匠の〝術〟で見送って欲しいと告げた。
「この仕事をはじめて、まさか友を送る時が来るとはね……」
いつもは朗らかな師匠も、この時ばかりは堪えているようだ。
報せを受けた時の彼女の顔は今でも忘れない。眉間にシワを寄せ、堪えきれない痛みに耐えるかのように、ただ俯いていた。
「あの、師匠。大丈夫……ですか」
友の死を手助けするのだ。大丈夫なわけがない。
それでも上手い聞き方が解らなかった。
私の心境を知ってか知らずか、師匠は俯いたまま、それでもこちらを見て笑みを浮かべた。
「あなたは本当に優しい子ですね。大丈夫、これでも専門家ですから。むしろ王妃様を天界へ送る使命を負えるなんて、〝天葬師〟冥利に尽きるというものでしょう?」
師匠は努めてにこやかに答えた。
それでも渋い顔をしている私の頭をポンポンと優しく撫でる。
「……そうですね。最も辛いのは遺族、とは言いますが、この仕事をしていて辛くない時なんてありません」
でもね、と師匠は続ける。
「死にゆく人が導き手に私を選んでくれた以上、私はその旅立ちを晴れやかにする義務があると思うんです。その人のためにも、遺族のためにも」
そのまま腰を屈めて、私と目線を合わせた。私の頭に乗せていた手を肩に移し、真剣な表情で見つめる。
「エヴィ。あなたの大切な友人が今日、母親とお別れをしなければなりません。天葬師として、友として、あなたに出来ることをしてあげてください」
「……はい」
そうして師匠は〝旧友〟を見送りに行った。
〝術〟をかけている間、王妃様はアスタと国王ダラム様と家族で最期の時間を過ごした。
翌日、王妃様は天界へ送られた。
焼けるような真っ赤な夕日が映える、澄んだ空だった。
私は〝無二の友人〟であるアスタの元へ向かった。
アスタがいたのはいつも二人で遊んでいた寝室だ。ベッドに腰かけ、窓の外を見つめている。
開きっぱなしになった部屋の扉をノックすると、アスタはこちらを見てニコリと笑う。
「アスタ?」
「……来てくれたのね、エヴィ」
笑顔が引きつっている。
私は中に入ると扉を閉め、アスタの横に腰かけた。
しばらくの間、無言が続く。
私は彼女が言葉を紡ぐのを待つことにした。
「お母様と、お別れをしてきたよ」
「……ええ」
「最期まで笑ってた。いろんな話が出来たわ。おかげで私、全然泣かなかったの。エヴィのお師匠様にお礼を言わせて!」
どこまでも明るくいようと努める強い王女がそこにいた。
「きっと喜びます。今度、師匠も連れてきますね」
「その時は美味しい紅茶を出してあげる! お母様も大好きだった紅茶で……」
アスタが言葉を詰まらせた。しかしすぐに笑顔を作る。
その姿がとても痛々しく見えてくる。
「えへへ、駄目ね。お母様が亡くなった後は私がしっかりしなきゃ。私、この国の王女だし……」
きっと、この子はいずれいい女王になる。周りの状況を見て、自分の在り方をしっかり考えている。
迷ってばかりの私とは大違いだ。
でも今、私が来たのはそんな王女様のためじゃない。
「ええ、でも今のあなたはただのアスタです。そして、ここにいるのはただの友人だけですよ」
アスタの少しだけ大きくなった手を握る。相変わらず小鳥のような暖かさだが、今は小刻みに震えている。強く拳を握り、溢れかかった何かを堪えているようだった。
「私達の間に壁なんてない。そうでしょう?」
綺麗な緑色の瞳が潤む。大粒の涙は止めどなく溢れ、柔らかな頬を流れ落ちていく。
「うん、うん……、うっ、ううううううぅぅぅ…………」
堰を切ったように泣き出す彼女を、私はそっと胸に抱き寄せる。
大きく肩を震わせる彼女はあまりにも脆く、儚く思えた。
師匠が言った言葉。私に出来ることは何か。
きっと、これからも悩むことがあるかもしれない。
諦めたくなる時が来るかもしれない。
後悔する時が来るかもしれない。
けど私は、〝天葬師〟として、友達として、
ずっとこの小さな友達の隣にいよう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
一人の死、二組の友情。




