第9話 少女の一歩
「エヴィはどうしたいですか? そういう人、誰かいますか?」
「……いえ、私は」
わからない。昔から愛とかそういうものに触れたことがなかったから。
親の顔も知らない。
師匠に出会うまでは、掃き溜めのような路地裏で死んだように生きてきたから。
「私は師匠に拾ってもらいました。だから師匠がいれば大丈夫です」
師匠は少し目を見開き、困ったように笑う。
「お世辞ならとても嬉しいですが、ずっと師匠の後をついてまわる弟子というのも困りものですね」
「本心ですよ」
「ええ、わかってます。でもいずれは先に死んでいく身です。来たる時にあなたが一人になってしまわないかが心配ですね」
私はあまり人付き合いがうまいわけじゃなかった。
友達、と呼べる人がいないことを師匠は懸念しているらしい。
いらないわけじゃない。
師匠が多くの人から愛されている姿に憧れを感じたのは確かなんだから。
たくさんじゃなくてもいい。目と目を合わせて心を通わせる。
そんな繋がりをもっと作れたなら。
いや、作りたい。
けれどきっかけがない。
すれ違った人に何気なしに話しかけることができるなら最初からこんなに悩んだりはしないだろう。
私は何もかもが足りなさすぎる。
師匠は考え込む私を見て、ふう、と息をつく。
「そういえば、今度王妃様にお子様が産まれるそうですよ」
「王妃様が?」
「ええ、女の子だそうです。ついに彼女も母になるのですね」
ということは王女様か。
王妃様には一度だけお会いしたことがある。
彼女の乳母が亡くなり、師匠が天界へ魂を送った。
その時に声をかけてくれた。
とても美しく、優しい方だったことを覚えている。
「魔法学校では彼女とよく授業を抜け出して遊んでいました。その度に二人で怒られてましたけど」
そんなにやんちゃだったのか、この人。 ましてや王妃様もか。
今の落ち着きはらった姿からは全く想像できない。
「頭も良く、明るくて、友達思いの人でしたよ。そんな彼女の子ですから、きっと素晴らしい人物になるでしょうね」
「そうですね。私もそう思います」
「……産まれたらその子と会ってみませんか?」
「え?」
産まれたばかりの王女に会う?
そもそもの話、会ってみたいと言って会えるものなのか?
「私がですか?」
「ああ、私が言い出したんじゃないですよ? 王妃様から手紙をもらったんです。少し歳は離れてるけど、遊び相手になってくれないかと。そして、よければ友達になってあげて欲しいとね」
「私が王女様と……友達」
「嫌ですか?」
とんでもない。
王家を継ぐ人物とお近づきになるなんて、国の民が一生かけて願ったって叶うようなものじゃない。
出世欲とかがあるわけじゃなくても、一度は夢に見る話だ。
だけど……。
「私は親の顔も知りません。路地裏でゴミを漁るような生活しかしてきませんでした。そんな私と王女様が交流なんてしたら、悪い影響でも与えてしまうかもしれないと思うと……」
嫌な過去だ。たとえその生活から抜け出したって、どこまでいっても忌まわしい記憶が邪魔をする。
思わず俯いてしまう。黙っている師匠の顔が見られない。
今、どんな表情をしているんだろう。どんな言葉がかけられるんだろう。
「………………ぷっ」
「え?」
異音に気づいて顔を上げると、師匠が体を震わせながら笑っていた。
「……師匠、今のどこに笑える所が?」
「ふふふふふ、あぁ、ごめんなさい。あまりにも深刻な顔を、ふふふ……してるから、どんな悩みかと思ったら……くふふふふふ!!!」
「ちょ、笑いすぎですよ!!」
この人のツボはよくわからない。
よほどツボにはまったらしい。師匠はひとしきり笑った後、目尻に溜まった涙を拭いながら息を整えていた。
「はぁ、はぁ、……あのですね。あなたのそういう所も全部、王妃様は解った上であなたを誘ったんです」
「どうして……」
「悪い影響? どんどん与えてあげなさい。温室でぬくぬくと育っただけでは、国民の深い気持ちまでは理解出来ないでしょうから」
まるで悪戯を考えている子どものように楽しげに笑う師匠。
王女様に悪い影響を与えるとか平気で言っている。
普段は理知的な先生だが、たまに子どもの私が見ても子どもっぽいと感じる。
本当に不思議な人だ。
「それにあなたも少なからず影響を受けるでしょう。無垢な子どもとの対話は楽しいですよ。学べることがとても多い」
「そういうものでしょうか」
「清濁あわせ持って人間となる、という話です。まあ、そもそもあなたがやりたいかどうかなので強制はしません」
不安は消えない。でも、悩む必要はない。
答えはもう出ていた。
「……やりたい。私、仲良くなりたいです」
「……よかったです。あなたがそう言ってくれて」
友達が欲しい。たったそれだけのことだ。
けれど、過去に囚われてきた私には大きな一歩だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回もお楽しみに!
歳をとるほど「いーれーて!」の一言すら怖くて言えなくなってしまう。
 




