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屋台のお面屋さん

屋台のお面屋さん 人の顔のお面

作者: ウォーカー

 これは、神社のお祭にやってきた、ある男子中学生の話。


 その男子中学生は、クラスメイトたちと一緒に、神社のお祭に来ていた。

「この屋台のたこ焼き、すごく美味しい。みんなも食べたら良いのに。」

その男子中学生は、屋台のたこ焼きを頬張りながら、

前を歩いているクラスメイトたちに向けてそう言った。

しかしクラスメイトたちは、大声で会話をしていたせいか、

その男子中学生に話しかけられた事に、誰も気が付かなかったようだ。

「え?何か言ったか?」

クラスメイトの集団の中にいた男子のひとりが、

話しかけられたことに気が付いたのか、

後ろを振り返ってその男子中学生に応えた。

その男子中学生は、

話をちゃんと聞いてもらえなかったことに機嫌を悪くして、

ぶっきらぼうに応える。

「そんなに大した事じゃないよ。このたこ焼きが美味しいって話。」

「そっか、俺も後で食べてみるよ。」

「ねえ、それよりこっちの話をしましょうよ。」

その男子中学生と男子との会話は、

他のクラスメイトたちによって、すぐに打ち切られてしまった。

今、その男子中学生と話をしていたのは、

サッカー部のエースの男子だった。


 そのサッカー部のエースの男子は、学校の人気者だった。

誰とでもすぐに打ち解ける性格で、部活でも活躍していて、

その男子中学生とは真逆のような存在だった。

今も、少し遅れてひとりで歩いているその男子中学生とは対照的に、

サッカー部のエースの男子は、クラスメイトの女子たちに囲まれて、

楽しそうに会話をしている。

その男子中学生は、自分抜きで楽しそうにしているクラスメイトたちを見て、

自分が、クラスメイトたちの誰にとっても、いらない存在のように感じられた。

「これだったら、僕がいなくても変わらないだろうな。

 どうせ誰にも構ってもらえないなら、ひとりでいるほうがいいかもしれない。」

その男子中学生は、クラスメイトたちが誰も自分を見ていないことを確信すると、

そっとクラスメイトの集団から抜け出して、別行動をすることにした。


 その男子中学生は、クラスメイトの集団から抜け出すと、

ひとりでお祭りを見てまわっていた。

「やっぱり僕が抜け出しても、クラスメイトたちは誰も気が付いてなかったな。

 それなら、ひとりでお祭りをまわっても変わらないや。」

その男子中学生は、持っていたたこ焼きを食べ終わったが、

食べ物を食べる気にはならず、お祭りをのんびりと見てまわっていた。

しかし、お祭りで楽しそうな人たちにまぎれていると、

最初こそひとりでも楽しいと強がっていたが、

だんだん寂しく感じるようになってきた。

「ひとりでも楽しいけど、

 やっぱり僕も、クラスメイトたちと一緒に会話しながらまわりたかったな。

 どうして僕はいつも、みんなと上手くいかないんだろう。」

そうして、いつクラスメイトたちのところに戻ろうか考えていると、

その男子中学生は、お祭りの端にたどり着いていた。

たくさんあった屋台はそこで途切れていて、辺りは静かだった。

その男子中学生は、そこからお祭りの方へ引き返そうとした。

しかしその時、

お祭りの端から少し離れたところに、一軒の屋台があるのに気が付いた。

「あんな外れにも屋台があるんだな。

 せっかくここまで来たんだし、あの屋台を見てからお祭りに戻ろう。」

その男子中学生は、お祭りの端から少し離れたその屋台に近付いていった。


 お祭りの端から少し離れたその屋台には、

黒い壁が立てられていて、そこにたくさんのお面が飾られていた。

「この屋台は・・・お面屋さんかな。

 お面がたくさん飾ってある。動物のお面だ。

 すごく良く出来てるな。」

その男子中学生の言葉通り、その屋台はお面屋だった。

その黒いお面屋のお面はどれも精巧で、

まるで本物の動物の顔を飾ってあるように見えるくらいだった。

「こっちは犬で、こっちは猫のお面。向こうは猿かな。

 よく知らない動物の顔のお面まで並んでる。」

そうしてその男子中学生が、お面屋に飾られているお面を眺めていると、

お面屋の屋台の裏面から、黒い法被を着た男が姿を現した。

黒い法被を着た男が、その男子中学生に近付いてきて声をかける。

「どのお面も良く出来てるだろう・・?」

「うん、よく出来てると思う。本物にしか見えない。」

「このお面があれば、どんな動物にだって化けられるよ。」

「動物に化けられるの?」

「そうだよ・・。」

「それは面白そうだ。

 でも、動物に化けたいとは思わないかなぁ。」

 人間に化けられたら面白いのに。」

その男子中学生が何気なく言った言葉に、黒い法被の男が反応した。

「・・人間に化けたいのかい?」

「もし人間に化けられるなら、って話だよ。

 ・・・まさか人間のお面もあるの?」

「・・あるよ、こっちに来てご覧。」

黒い法被の男が、お面屋の屋台の裏面にまわって手招きしている。

その男子中学生は、

黒い法被の男に招かれるまま、黒いお面屋の裏面に向かった。


 その黒いお面屋の屋台の裏面には、表面と同じ様に、

黒い壁が立てられていて、そこにたくさんのお面が飾られていた。

しかし、そこに飾られていたのは、動物のお面ではなかった。

そこに飾られていたのは、人の顔のお面だった。

人の顔にしか見えないほど精巧なお面が、たくさん飾られていた。

それを見て、その男子中学生は声をあげた。

「本当だ。人間の顔のお面がいっぱい。

 どのお面も、まるで本物の人間の顔みたいだ。

 あれは有名人の顔だし、あっちも見たことがある顔のお面だ。」

そうしてその男子中学生が、精巧な人の顔のお面をひとつひとつ見ていると、

並んでいるお面の中に、見知った顔のお面があるのに気が付いた。

その男子中学生は、驚きの声をあげる。

「あれはまさか、僕のクラスメイトたちの顔のお面か?

 有名人でもないあいつらの顔のお面が、どうしてこのお面屋にあるんだろう。」

その男子中学生が、クラスメイトたちの顔のお面を見つけて驚いていると、

黒い法被を着た男が、お面を黒い壁から外して差し出してきた。

「・・試着もやってるから、被ってみてご覧。」

その男子中学生は、言われるがままに、差し出されたお面を手に取った。

受け取ったそのお面は、サッカー部のエースの男子の顔のお面だった。

その男子中学生が、受け取ったお面を恐る恐る顔に被せてみると、

お面はまるで顔に吸い付くようにくっついた。

お面越しに差し出された鏡で顔を確認する。

まるで本物の人の顔のようで、お面を被っているようには見えなかった。

サッカー部のエースの顔のお面を被った自分の姿をみて、

その男子中学生はアイデアを思い付いた。

「顔だけでも、サッカー部のエースになれたら、

 僕もあいつみたいに、みんなと仲良くできるだろうか。

 これだけ精巧なお面だったら、できるかもしれない。」

その男子中学生は、

サッカー部のエースの男子の顔のお面を被ったまま、しばらく考えた。

そして、黒い法被の男に話しかけた。

「このお面、試着したままお祭りの方に行ってもいい?」

その男子中学生の言葉に、黒い法被の男が応える。

「ああ、構わないよ。でも最後には必ず、お面を返しに来てくれよ・・。」

こうしてその男子中学生は、

クラスメイトたちと仲良くできるか試すために、

サッカー部のエースの男子の顔のお面を被って、お祭りの方に戻っていった。


 その男子中学生は、

サッカー部のエースの男子の顔のお面を被って、お祭りの方に戻ってきた。

お祭りにはたくさんの人がいるが、

その男子中学生が人の顔のお面を被っていることには、

誰も気が付いていないようだった。

「僕がお面を被っていることには、誰も気が付いてないみたいだな。

 このお面で、クラスメイトたちも騙せるといいんだけど。」

その男子中学生はお面を被ったままで、クラスメイトたちの居場所を探した。

「みんなどこに行ったのかな。・・・あれかな?」

すると、少し離れたところに、中学生らしい男女数人がいるのが見つかった。

近付いてみると、その数人の中にサッカー部のエースの男子がいるのが分かった。

クラスメイトの集団で間違いないようだ。

「早速、このお面でクラスメイトたちを騙せるか試してみたいけど、

 お面の顔の本人がいるところに出ていくのはまずいよな。

 同じ顔がふたりいたら、いくら精巧なお面でも不審だし。」

その男子中学生は、人混みに紛れて、クラスメイトの集団の様子を伺った。


 しばらくして、

クラスメイトの集団に潜り込めそうな機会がやってきた。

サッカー部のエースの男子が、

そわそわしながら、クラス委員長の女子に話しかけた。

「飲み物を飲みすぎたかな。トイレに行きたくなってきた。

 クラス委員長、俺、トイレに行ってくるよ。」

「トイレ?ここからだと遠いわよ。それに混んでると思うわ。」

「でも我慢できないし、ちょっと行ってくるよ。

 この辺りで適当に遊んでてくれ。後から探して合流するよ。」

「分かったわ。」

そんなやり取りの後、

サッカー部のエースの男子が、クラスメイトの集団から抜けていった。

それを見て、その男子中学生が口にする。

「サッカー部のエースのあいつが戻ってくるまで、時間がありそうだ。

 このお面でクラスメイトたちを騙せるか、試してみよう。」

その男子中学生は、サッカー部のエースの顔のお面を被ったまま、

何食わぬ顔でクラスメイトの集団のところに戻っていった。


 その男子中学生は、サッカー部のエースの男子の顔のお面を被ったまま、

クラスメイトたちのところに入っていった。

すると、

その男子中学生の姿を見つけたクラスメイトのひとりが、話しかけてきた。

「あれ、お前、トイレに行ったんじゃないのか?もう戻ったのか。」

そのクラスメイトの話の内容から、その男子中学生が、

お面を被って化けていることには、気が付いていないようだ。

その男子中学生は、サッカー部のエースの男子になりすまして、応える。

「あ、ああ、トイレが混んでてさ。もう少し待ってから行くよ。」

「そりゃついてないな。いっそ、その辺でしちゃえよ。」

「そ、そんなわけにはいかないさ。」

話しかけてきたのは、

その男子中学生が苦手にしている、いじめっ子の男子だった。

お面を被っていることに気が付かれないか、内心ハラハラしたが、

不自然にならないように落ち着いて会話をした。

すると、クラスメイトの女子たちがそれを見て、

サッカー部のエースの男子が戻ってきたと思って話しかけてくる。

「トイレ、大丈夫?男子トイレでも混むことがあるのね。」

「う、うん。お祭りは人が多いからね。」

「女子トイレはもっと混むのよぉ。困っちゃうわぁ。」

「そんな話より、くじ引きやってみましょうよ。」

サッカー部のエースのお面を被ったその男子中学生は、

クラスメイトたちに誘われて、くじ引きの屋台にやってきた。

「くじ引きなんて、どうせ当たらないよ。」

「そんなこと言わないで、やってみましょうよ。」

「俺もやってみようかな。」

「わたしは止めておくわ。どうせ当たらないもの。」

そうして、

クラス委員長の女子を除いたクラスメイトたちで、くじ引きをすることになった。

その男子中学生は、お面の顔の本人がいつ戻ってくるかヒヤヒヤしていたが、

断るのも不自然なので、しかたなく、くじ引きをすることにした。


 そうしてクラスメイトたち数人が、くじ引きをしてしばらく。

「大当たり!一等賞おめでとう!」

カランカランと、くじ引き屋の鐘の音が鳴らされた。

クラスメイトたち数人でくじ引きを引いた結果、

その男子中学生は大当たり、一等賞を引き当てたのだった。

「やったわね!おめでとう!」

「すごいなお前!」

「屋台のくじ引きでも、当たりが出ることがあるのね。」

クラスメイトたちが、嬉しそうにその男子中学生をお祝いしてくれた。

その男子中学生は、

そうしてクラスメイトたちとわいわいとしていると、

楽しさで、自分がお面で化けているのを忘れそうになった。

屋台の男が、その男子中学生に話しかけてくる。

「一等賞の賞品は、サッカーボールだよ!持っていきな!」

そうして屋台の男から手渡されたのは、白黒のサッカーボールだった。

「やった!サッカーボールならあいつ・・じゃなくて、僕に丁度いいよ。」

「おめでとう!」

「賞品がサッカーボールだなんて、お前ついてるな!」

クラスメイトたちに囲まれて、その男子中学生は、お祭りを心底楽しんでいた。

こんなに楽しいのなら、

ひとりじゃなくて、クラスメイトたちと一緒に楽しみたい。

その男子中学生はそうして、クラスメイトたちと一緒にいる楽しさを知った。

でも、その男子中学生は自覚している。

今の自分は、サッカー部のエースの男子のお面を被って、

サッカー部のエースとして、クラスメイトたちに接している。

もしお面を外して自分の顔に戻ったら、

クラスメイトたちはこんなに打ち解けてはくれないだろう。

今の楽しさは、偽りのものでしかない。

その男子中学生は、クラスメイトたちと笑顔で話していたが、

心の中では、かえって寂しさを感じていた。


 そうしてその男子中学生は、サッカー部のエースのお面を被って、

クラスメイトたちとお祭りを楽しんでいた。

しかし、トイレに出かけたサッカー部のエースの男子が、

いつ戻ってくるとも限らない。

クラスメイトたちから分かれる時が近付いていた。

「このままずっとクラスメイトたちとお祭りを楽しみたいけど、

 あいつがトイレから帰ってくる頃だろう。

 そろそろ引き上げないと。」

その男子中学生は、クラスメイトたちから分かれる決心をすると、

横にいるクラスメイトの女子に、くじ引きで貰ったサッカーボールを手渡した。

「このサッカーボール、ちょっと持っていてくれるかい?

 僕・・俺は、トイレに行ってくるよ。」

「そういえばトイレに行くはずだったのよね。早く戻ってきてね。」

「早く戻ってこないと、そのサッカーボールは俺が貰っちゃうぜ。」

「・・・ああ、すぐ戻ってくるよ。」

その男子中学生は、名残惜しさを感じながら、

クラスメイトたちから分かれていった。

そして、人混みに紛れて、クラスメイトたちの様子を伺う。

その数分後、サッカー部のエースの男子が、トイレから戻ってきた。

「ただいま。トイレが混んでて大変だったよ。」

「あれ?お前、もう戻ってきたのか。」

「もう?時間がかかったと思うけど。」

「あら、もう戻ったのね。はい、サッカーボール。」

「なんだ?このサッカーボールは。」

「何って、さっき預けたでしょ。」

「そうだっけ?」

「とぼけちゃって、さっきくじ引きで当てたじゃないの。」

「そんなことしたか?」

サッカー部のエースの男子は、自分がトイレに行っている間に、

その男子中学生がお面を被って入れ替わっていたことを知らない。

クラスメイトたちと話が合わず、混乱しているようだ。

そこに、クラス委員長の女子が声をかける。

「ほらほら、話はその辺にして、そろそろ移動しましょう。

 まだ他にも、抜け出したままで合流してない人がいるのだから、

 合流しやすい場所に移動しておきましょう。」

クラス委員長の女子に移動するよう言われて、

サッカー部のエースの男子は、無理に納得したようだ。

手渡されたサッカーボールを持って、クラスメイトたちと移動していく。

「僕もクラスメイトたちに合流しないとな。

 その前に、このお面を外して、お面屋に返しにいかないと。」

その男子中学生は、お面を返すために、黒いお面屋があるお祭りの端に向かった。


 その男子中学生は、試着しているお面を返すために、

お祭りの端から少し外れた黒いお面屋に戻ってきた。

お面屋に到着したその男子中学生は、

被っていたサッカー部のエースのお面を外すと、

お面屋の黒い法被を着た男にお面を返した。

お面を渡された黒い法被の男が、その男子中学生に話しかける。

「・・お面の効果はどうだい?」

「誰もお面だとは気が付いていなかったよ。

 まるで、自分がそのお面の顔の人になったみたいだった。」

「そうかい・・。楽しんでくれたようで、よかったよ・・。」

黒い法被を着た男は、その男子中学生の話を聞いて満足そうに頷くと、

サッカー部のエースの男子のお面を、黒い壁に戻そうとした。

それを見て、その男子中学生に、

さっきまでクラスメイトたちと一緒にお祭りを楽しんでいた記憶が蘇った。

クラスメイトたちと一緒にお祭りをまわって、とても楽しかった。

これからも、クラスメイトたちと一緒にやっていきたい。

でも、お面を外して自分の顔に戻ったら、それは出来ないだろう。

クラスメイトたちには、

自分がいなくなったことにも、気付かれなかったくらいだから。

でも、あのお面があったら。

あのサッカー部のエースの顔のお面があったら、

クラスメイトたちとまた仲良く出来るだろうか。

そんなことを考えていたら、自然と体が動いていた。

その男子中学生が、お面を戻そうとする黒い法被の男に近付いて話しかける。

「・・・そのお面、いくらですか?」

話しかけられた黒い法被の男は、お面を戻す手を止めて振り向いた。

「・・高いよ、これは。」

「どうしても欲しいんです。いくらですか。」

真剣な目をして話すその男子中学生に、

黒い法被の男が、重苦しい声になって応える。

「・・全て、だよ。」

「有り金全部ってことですか?

 手持ちは多くないけど、今持っている財布ごと払います。」

「・・そうじゃないよ。お面の代金は、あなたの全て、だよ。」

「僕の、全て?」

「そうだよ・・。

 顔は、他人から見た自分を表すんだ。

 自分の顔以外の顔を手に入れるには、代わりに自分の全てが必要になる。

 その覚悟はあるかい・・?」

黒い法被を着た男の問いかけに、その男子中学生は身震いして応える。

「・・・あります。

 僕は、自分を変えたい。

 そのためには、今の自分を失ってもいい。

 それが、変わるということだと思うから。」

その男子中学生の決意の眼差しに、黒い法被を着た男が頷く。

「・・分かったよ、持っていきな。」

黒い法被の男が、サッカー部のエースの顔のお面を手渡してくる。

こうしてその男子中学生は、サッカー部のエースの顔のお面を手に入れた。

その男子中学生は、受け取ったお面を大事そうにカバンにしまうと、

クラスメイトたちがいるお祭りの方へ戻っていった。


 クラスメイトのたちは、お祭りをしている神社の鳥居の近くにいた。

その男子中学生が近付くと、

姿を見つけたクラス委員長の女子が大声で呼びかけてきた。

「やっと見つかった!あなた、また勝手に抜け出して!」

「ごめん、別行動してた。」

「お前、また抜け出してたのかよ。」

「勝手に抜け出したら心配するじゃないか。

 実は俺も、別行動でトイレに行ってたんけどな。」

クラス委員長の女子たちに怒られて、その男子中学生は素直に謝った。

「まあいいわ、こうして無事に合流できたのだから。

 夜も遅いし、そろそろ解散しましょう。」

こうして、お祭りにやってきたその男子中学生とクラスメイトたちは、

解散することになった。

解散して、家の方向が同じクラスメイトたちが一緒に帰宅していく。

帰宅しようと歩き始めたその男子中学生に、声がかけられた。

「なあ、家の方向、同じだよな?途中まで一緒に帰ろうぜ。」

その男子中学生に声をかけたのは、サッカー部のエースの男子だった。


 その男子中学生は、サッカー部のエースの男子と一緒に、

お祭りの喧騒から遠ざかって、家への帰路についていた。

ふたりは、お祭りが行われている神社の裏にある、

人気がない小さな林道を抜けていく。

その道が、ふたりが家に帰るための近道だった。

ふたりはたいした会話をするわけでもなく、その男子中学生は黙々と歩く。

その隣で、サッカー部のエースの男子は、

くじ引きで当たったサッカーボールを足で転がしながら歩いていた。

その林道は街灯が無く、

お祭りから漏れてくる明かりと月明かりだけが頼りだった。

「おっと、失敗!」

しばらくして、サッカー部のエースの男子が声を上げた。

サッカーボールを蹴り損なってしまったようだ。

サッカーボールは足元を外れて、林道からも外れていく。

そして、林道の脇にある、二股の木の先にある暗闇に吸い込まれていった。

「失敗しちゃた。

 俺、ボールを拾ってくるから、先に行っていいよ。

 後から追いつくよ。」

「分かった。」

そんなやり取りを残して、サッカー部のエースの男子は、

サッカーボールを拾うために、真っ暗な林に入っていった。


 その男子中学生が、サッカー部のエースの男子と分かれてしばらく。

後から追いつけるように、ゆっくりと歩いているはずなのに、

サッカー部のエースの男子が追いついてくる気配はなかった。

「おかしいな、こんなにゆっくり歩いてるのに。

 サッカーボールが見つからないのかな。仕方がないな。」

そのまま置いていくのも悪いので、その男子中学生は、

林道を逆戻りして、サッカー部のエースの男子のところに向かった。


 しかし、いくら道を戻っても、サッカー部のエースの男子とは会えなかった。

そしてとうとう、分かれた場所である、二股の木まで戻ってきてしまった。

「元の場所に戻ってきちゃった。

 途中で会わなかったし、別の道から帰ったんだろうか。」

しかし、サッカー部のエースの男子は、黙っていなくなるような人ではない。

「まだサッカーボールが見つからなくて、探してるのかもしれない。

 今日はあいつに悪いことをしちゃったし、手伝ってやろう。」

その男子中学生は、二股の木の先にある暗闇に入っていった。


 林道から外れた先は、お祭りの明かりも届かず、

月明かりだけしか、明かりになるものはなかった。

「どこにいるんだ?サッカーボール、まだ見つからないのか?」

その男子中学生が、暗闇に向かって声をかける。

しかし、暗闇からは何の返事も返ってこない。

もう一度呼びかけようと口を開いたところで、

かすかに声が聞こえたような気がした。

暗闇に向かって耳を澄ませる。

「・・・け。た・・・て。」

「・・・何か聞こえる。そっちにいるのか?」

その男子中学生は、声が聞こえた気がする方向に、暗闇を進んでいった。

するとしばらくして、林が途切れて開けた場所にたどり着いた。

そこは、ちょっとした広場のようになっていた。

その広場には、池のようなものがあって、暗闇の中で月明かりを反射していた。

そして、その池のようなものの真ん中に、

ボールのようなものがふたつ浮かんでいるのが見えた。

ひとつは、白黒のサッカーボール。

そしてもうひとつは、暗い色のものだった。

「サッカーボールが池に入っちゃったのか。

 それで時間がかかってたんだな。」

しかし、どうも様子がおかしい。

白黒のサッカーボールは動いていないのに、

サッカーボールではない暗い色のものは、ゆらゆらと動いているように見える。

「たす・・・。・・・け・・・。」

声のようなものがまた聞こえてきた。

その声は、池の方から聞こえてくるようだ。

「まさか、あのサッカーボールの横にあるのって・・・!」

その男子中学生は、急いで池の方へ近付いた。


 その男子中学生が、広場の池の方に近付くと、

声がはっきりと聞こえるようになった。

「たすけて・・・。たすけ・・・。」

声の主は、サッカーボールの横に浮かんでいた。

「そんなまさか!大丈夫か!?」

その男子中学生は、カバンを捨てて池に向かって走っていった。

サッカーボールの横に浮かんでいたものは、

池に沈んでいるサッカー部のエースの男子の頭だった。

池のように見えたものは、池ではなくて沼だった。

そして、その沼に首まで飲み込まれたサッカー部のエースの男子が、

必死に助けを求めていたのだった。

「たすけて・・・。

 浮かんでいるサッカーボールを取ろうと池に入ったら、

 池じゃなくて沼だったんだ。

 最初は平気だったのに、だんだん体が沈んで、もう身動きが取れない。」

「がんばれ!今、何か道具を探してくる!」

その男子中学生は、サッカー部のエースの男子を必死に励ます。

しかし、そうしている間にも、

サッカー部のエースの男子は沼に飲み込まれていく。

その男子中学生は、何か使えるものがないかと辺りを見渡した。

しかし、その真っ暗な広場には、役に立ちそうなものは何も見当たらない。

そこにあるのは、ふたりのカバンくらいだった。

「カバンの中に何か無いのか!?」

その男子中学生は、必死にふたつのカバンの中を探す。

しかし、どちらのカバンの中にも、役に立ちそうなものは無かった。

「ゴボゴボ・・・。」

沼から音が聞こえて振り返ると、

サッカー部のエースの男子が、頭まで沼に飲み込まれていくのが見えた。

そして沼に浮かんでいるのは、サッカーボールだけになった。


 「なんてことだ・・・。」

目の前で、サッカー部のエースの男子が沼に飲み込まれていくのを見て、

その男子中学生は、がっくりと地面に座り込んだ。

その拍子に、手に持っていた自分のカバンの中から何かがこぼれ落ちる。

出てきたのは、あの黒いお面屋で買ったお面だった。

そのお面は、

今目の前で沼に飲み込まれた、サッカー部のエースの男子の顔のものだった。

呆然とそのお面を見て、黒い法被の男に言われた言葉が蘇った。

お面の代金は、自分の全て。

その言葉を思い出して、その男子中学生は、ある考えに行き着いた。

その時、夜空の月が雲に隠れて、辺りが暗くなっていく。

「・・・この場には、僕以外に誰もいない。

 あいつが沼に飲み込まれたのは、僕しか知らない。

 この精巧なお面があれば、僕はサッカー部のエースになれる。

 今が、自分を変えられるチャンスなのかもしれない。」

自分の考えに、その男子中学生は身震いする。

「もしそうしたら、今までの僕はこの世からいなくなる。

 つまり、僕の全てが失われる。

 それが、このお面の代金だったのか・・・?」

その男子中学生は迷った。

「サッカー部のエースのあいつがいなくなったら、

 クラスメイトたちはみんな悲しむだろう。

 でも、僕がいなくなっても、それに気がつく人すらいないかもしれない。

 僕は、自分を変えたい。それだったら。」

その男子中学生は、震える手でお面を拾うと、それを自分の顔に被せた。

お面は、吸い付くように顔にぴったりとくっついた。

そしてその男子中学生は、

辺りに散らばった荷物を集めると、自分のカバンは沼に投げ捨てた。

沼に浮かんだカバンが、ゆっくりと沼の底へと沈んでいく。

その時、雲に隠れた夜空の月が、再び姿を現した。

夜空に照らされたその男子中学生は、お面を被ったまま、

新しい自分の家に向かて、歩んでいったのだった。



終わり。


 この話は、屋台のお面屋さん、屋台のお面屋さん ふたつのお面、

それらに続く屋台のお面屋さんシリーズの3作目です。

シリーズにしてありますが、各々独立した話になっています。


自分に価値を見いだせない男子中学生が、

精巧に作られた他人の顔のお面を手に入れて、

自分を捨ててしまう、という内容をホラーで書きました。


お読み頂きありがとうございました。


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