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2話

2話




「––––で、自分の仕事は終わったとここに戻ってきたと?」


心地よい微睡みの中に身を沈めていると、突然不機嫌そうな女性の声が聞こえた。


「ええ。僕の仕事は証拠を集めてあげることだけでしょう?証拠さえあればそっちで事件の調査はできるでしょ」


一切物怖じせずそう返したのは、若い男性の声。おにいさんの声だ。

わたしは小さくあくびをしながら、薄目を開いた。


目の前にいたのは目つきの鋭い女性。薄汚れた軍服をきっちりと着こなしていて、真面目そうな人なんだろうなと推測できる。


その目つきの鋭い女性はジィッとわたしのことを見つめてきていて、心なしか狂気を感じる。


「ここは……?」


随分とシックな部屋だ。綺麗に整えられた観葉植物に、大理石で作られたであろう机。ふわふわそうなソファ。

部屋の両端にはショーケースがあり、その中には様々なトロフィーや勲章が飾られていた。


「おや、お目覚めかな。おはよう」


耳元からおにいさんの声が聞こえた。どうやらわたしはまだ、おにいさんに抱っこされているらしい。


「……おにいさん、もうだいじょうぶだから、おりるよ」


わたしがおにいさんの背中をペチペチと叩いてそう言うと、おにいさんは困ったような顔をしてチラリと足元に視線を向けた。


「うーん、すまないけどダメかな。君靴履いてないでしょ」

「……はだしでもへいきだよ?」

「君が大丈夫でもこっちは気にするんだ。……目の前にも怖ーい上司もいるし、子供を裸足で地面になんて立たせたら半殺しにされちゃうよ」


半笑いしてお兄さんは険しい顔をしている女性に目を戻した。

それならばしかたないと、わたしは下に降りることを諦めた。


「……で、晴哉特殊刑事。その子どもはなんだ?ここに連れてくるほど、重要な子どもなのか?」

「ええ。この子は"切り裂きジャック"に狙われたのにもかかわらず、生き残った子どもです。今までの犯行から考えると、彼は狙った獲物は絶対に逃さない。再びこの子は狙われるでしょう」


……いや、狙われるわけないと思う。だっておとうさんもおかあさんも殺したのはわたしだし。

思わず笑ってしまいそうになったが、すんでのところで顔を俯かせることによって堪えた。

どうやらおにいさんにはその様子が怯えているかのように見えたのか、おにいさんは「大丈夫だよ」と言いながらわたしの頭を撫でてきた。


「それは重々承知している。が、なぜここに連れてくる必要があったのかを聞いているんだ」

「この子の保護をしてもいいか、貴女に許可をもらいにきたんですよ。(なぎさ)特殊警視総監」


すると女性––––なぎおねえさんは軽く目を見張ったあと、眉を顰めた。


「なぜお前がわざわざ保護する必要がある?異能犯罪者に狙われたもの––––しかも子どもならばいつも通り児童相談所異能課に連れて行けばいいだろう」


児童相談所……ああ、あのなにもしてくれなかったところのことかな。

そんなところが異能犯罪者とやらに狙われた子どもを守ってくれるはずがないと思うけど。


そんなわたしの思いを肯定するかのように、おにいさんは淡々と告げる。


「お言葉ですが、現在児童相談所、それにそこの異能課はマトモに機能していません」

「……なんだと?」


こちらをご覧くださいと、おにいさんは数枚の紙をなぎさおねえさんに手渡した。

それを見てなぎさおねえさんは目を見張った。

そしてガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、右手の指を耳に当てた。


「……直ちに児童相談所に審判者––––そうだな、〈氷〉を向かわせろ。なにをしても構わん(・・・・・・・・)と伝えておけ」


そう言うとなぎさおねえさんは、今以上に目つきを鋭くして宙を睨んだ。


「あのゴミめ。まさかここまで堕ちていたとはな」


ドスンと大きな音を立てて椅子に座り、なぎさおねえさんは再びおにいさんに目を向けた。


「事情は全て理解した。だが……別にその少女はお前のところでなくとも、ここでも問題ないと思うが?何故お前のところで保護する必要がある」


うん、それね。わたしにも何でおにいさんがわたしを保護しようとしているのかがわからない。

別に件の殺人鬼から守るため、っていう理由でわたしを保護するならなぎさおねえさんが言うように、警察に保護して貰えばいいし。


……おにいさんに守ってもらうのが嫌ってわけではないけれど、理由が気になる。


「––––この子の名前は神楽 アザミ。年は10。幼少期より世界でたった一人だけ"異能"が発現しなかったという理由から、親から虐待されていたそうです」

「––––」

「学校に行っても同学年のものから虐められ、まともな勉強もさせて貰えない。それを止めて生徒を守るべきはずの教師は逆に進んでこの子を虐めることを勧めた」


なんで見ず知らずのはずのおにいさんが、そんなことを知っているのだろうか。

自然と身体が強張り、手に力が入るのが自分でもわかった。

それをおにいさんはわたしが怖がっているとでも勘違いしたのか、おにいさんは優しく背中をさすってきた。


……うーん、おにいさんの異能は"証拠を集めることができる"って言ってたはず。

犯罪においてみると、犯人の痕跡を集めることができるってことかな。

だけどおにいさんは"犯罪の証拠を集める能力"とは言っていなかった。

ということはつまり、ありとあらゆる事象の痕跡を集めることができるってことかな?


例えば人の歩んできた痕跡とか。例えば犯罪者が残した痕跡とか。


うん、ものすごくやばい異能だね。……〈完全犯罪〉による証拠の隠蔽は見抜けなかったようだけど。


「……それは本当か?」


なぎさおねえさんは指を組み、額をそれに当てた。身体は小刻みに震えていて、相当怒っていることがわかる。


「ええ。残念ながら事実です」

「……そうか」


冷静にそう告げたおにいさんに対し、なぎさおねえさんは怒気を滲ませた声を発した。


……ものすごく、正義感のある人なんだね。なぎさおねえさんは。

世界中の人がみんなこういう風なら、平和になるのかな?


「事情は今ので全て推測できた。お前のところで保護するのを許可しよう」


おねえさんは顔を上げてわたしを見た。その瞳には初め見た時ののような狂気はなく、ただ純粋に"助けてあげたい"という感情がうつっていた。


……事情は今ので"理解"できた。ではなくて"推測"できた。って一体どういうことだろう。

わざわざそう言ったってことは、何か意味があるはずだ。


チラリとおにいさんを見る。

おにいさんは特に困惑したような顔は見せていなくて、なぎさおねえさんの言っていたことが理解できているようだ。


うーん、わたしは別にわからなくてもいいってことかな。気になるけど。


「それでは本日はここで失礼します」


おにいさんはなぎさおねえさんに軽く頭を下げると、わたしの目に手を当ててきた。

ゴツゴツした手……と思いきや手はスベスベしていた。


「……あ、れ……?」


あれだけたくさん眠ったはずなのに、異常なほどの睡魔がわたしを襲ってきた。

意識を奪う劇薬……は手に塗りこめるはずもないし、おそらくスキルか何か。

なんて考えられたのも束の間で、わたしはすぐに意識を失ってしまった。





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