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1話

1話



「––––」


声が聞こえる。


「だ––––」


まるでわたしのことを心配しているかのような、優しい声。

生まれて初めて聞いた、「わたし」に対する優しい声。


「––––大丈夫ですか?!意識はありますか?!」


そんな声に包まれて、わたしは目を覚ました。

目を開くと、そこにいたのはまるで救急車に乗っている人が着ている服を着た大人の男性。

辺りをキョロキョロと見回してみれば、他にも警察の人が着ている服を着たひとたちが、大勢でおとうさんの死体があるであろう場所を取り囲んでいた。


わたしは男性に目を合わせるために顔を上げて、話せます、と言おうとした。

けれど口から溢れたのはそのような言葉ではなく、嗚咽だった。


よくわからない。意味がわからない。なのに目からは視界が滲んでしまうほど涙が出てきていて、嗚咽してしまう。


「っ!……もう、大丈夫だ。私たちが来た。なにも、心配することはないよ。だから……泣いてもいいんだ」


気がつけばわたしは、男性のお腹に頭を押し付けて泣いていた。

男性はそんなわたしをあやすかのように、頭を撫でてきた。なぜかさらに涙が溢れ出てきた。


「それにしても……、君が無事でよかった。辛いことを言うかもしれないが、君の母親と父親は無惨にも殺されていた。

おそらく、脱獄中の死刑囚である"切り裂きジャック"が君たち家族を襲ったと推測されている。凶器は見つからなかったが、"切り裂きジャック"がここに居たという痕跡……証拠が見つかったからな」


男性のその言葉に、わたしの思考は一瞬フリーズした。

"切り裂きジャック"––––今から三年前、日本を恐怖に陥れた異能力犯罪者の名前だ。


異能都市《新宿》で異能レベルAを三人。異能レベルSを二人。以下多数大勢を殺したとされる異能力者。


公的な発表によると"切り裂きジャック"は男性で、世にも珍しい三つの異能を保持している。


曰く、ありとあらゆる嘘を見抜く。

曰く、手に持つ大鎌はありとあらゆるものを切り裂く。

曰く、他人の心を読むことができる。


一年ほど前に"切り裂きジャック"は凶悪犯罪者のみが収容される《監獄島》に連れていかれた……とたまたま点いていたテレビで前に見たけど、この男の人の話が本当なら逃げ出したようだ。


「……おい、それはまだ伏せておくという話だっただろう」


どうやらそれは黙秘事項だったようで、おとうさんの死体を取り囲んでいる警察官みたいな人のうちの一人が男性をじろりと睨んだ。

それに対し男性は一切物怖じせず、こう言い返した。


「どうせ今後発表されることだ。それに、被害者であるこの子には話しておくべきだろう」


それを聞いた警察官みたいな人は、フンと鼻を鳴らして再びおとうさんの死体の方へと視線を向けた。


「……彼は口は悪いけど、職務に忠実なだけで悪いやつではないんだ。怖がらないでやってくれ」


肩をすくめて言うその言葉に、わたしは鼻をすすりながらコクリと頷いた。


「……ねえ、おにいさん」

「どうした?」

「……どうして、"切り裂きジャック"がここにいたってわかったの?」


沢山泣いて冷静になったわたしの、一番の疑問。

おとうさんとおかあさんはわたしが殺したのに、"切り裂きジャック"がいたとかいう痕跡が見つかるはずがない。

それなのに––––と考えたところで、その疑問に対し、唐突に自分の中で答えが出た。


「ああ。僕の異能力が犯罪の証拠を見つける、というものでね。大人の男性ぐらいの大きさの血でできた手形に、一本の毛髪。そして靴の跡。

警察の方に見ただけでDNAを鑑定できる異能を持った人が居るんだけど、以前採取した"切り裂きジャック"のDNAと、今回見つかったそれらのDNAが合致したんだよ」


さらにその言葉を聞いて、確信した。


先ほどわたしが気絶する前に聞いた、無機質な声。

それはいったいなにを言っていた?


––––《条件を満たしました。これにより"第一の権能"〈完全犯罪〉が解放されました》


たしかに、こう言っていたはずだ。


わたしが殺したはずのおとうさんとおかあさん。

しかし殺したのは"切り裂きジャック"で、"切り裂きジャック"が殺したという証拠も出てきている。

これらのことから、これは"第一の権能"〈完全犯罪〉とやらの効果と見て間違いないだろう。


おそらくだが、これらの他に思考能力の向上も〈完全犯罪〉の能力に含まれているはずだ。

その根拠は、わたしがここまで流暢に思考できるはずがないからだ。


家では虐待され、学校に行けば虐められる。勉強するのに必要な教科書等は、お前なんかが勉強しても意味がないだろうと言われてビリビリに破り捨てられた。


そんな感じでまともに勉強したことのないわたしが、こんな風に流暢に思考できるはずがない。


そんなことを考えていると、不意に身体が宙を浮く感じがした。

おそらくおにいさんに抱き上げられたのだろう。栄養不足で低身長なわたしは、さぞ軽いことだろう。


「……泣き疲れて眠ったのかな?この子をどうするか、上に掛け合ってみないとね。––––僕の仕事は終わったし、ここらで失礼するよ?愛翔」

「ちっ。勝手にしろ!」

「それじゃあ頑張ってね」


おにいさんは先ほど怒鳴ってきた警察官みたいな人に手をヒラヒラと振り、わたしを抱えて歩き出した。


おにいさんの身体から伝わってくるほんのり温かな体温。

どくんどくんと周期的に鳴っている心臓の鼓動。


それがとても心地よくて、気がつけばわたしは静かに寝息をたてて眠っていた。





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