好きな女の子が彼氏と赤裸々な話をしてるのは精神的に辛い
「うん、やっぱり無駄な力が残るね。剣術スキルの影響もあるかな」
「はぁ…はぁ…やっぱ何かしらの変化があると調子が変わるんですね…」
今日もリリアナ姫の訓練所で、ダルトスさんと訓練をしていた。
昨日獲得した剣術スキルを使った戦闘に慣れるためだ。
少し離れたとこでリリアナ姫が一人で剣を振るっていた。彼女の剣筋を最初見たときは見惚れてしまった。なにせとても綺麗なのだ。
まるで流れるように剣を振るい、あんな風に剣を操ることが出来ればと思ってしまう。
「そうだねぇ…。人間、感覚や慣れで動いてるとこもあるし、折角掴んだ感覚が変わるとやり直しになる時もあるから」
「そうすか…」
マジか…。一からやり直しは辛いなぁ…。しかも、スキルを得るごとにそうなるなら結構大変だぞ。
「ま、今までやってたことは無駄にはならないさ。コツは掴んでるだろうからね、自分の今の状態に合わせていくだけさ」
「…はい。もう一度お願いします」
木剣を構えて走り出す。今はとにかくまともに戦えるようにならないと。いつ追い出されてもいいように。
「え?追い出しませんよ?」
「え?そうなんですか?」
リルーダさんの言葉に拍子抜けする。今はお昼休憩中だ、リルーダさんが俺達にお昼を持ってきてくれたのだ。メニューはパンとスープ。それに肉料理とサラダだ。丸いテーブルを囲んで、皆で食事をしている。
リルーダさんが「いちいち食堂にいくのも億劫でしょうし、そんな時間があったら少しでも身体を休めないと」と、気を使ってくれたのだ。
「赤岩様は神の眼と呼ばれる鑑定をお持ちです。貴族や王家側としては引き入れたいのが本音でしょうね」
おっと、神の眼ときたか。そんなに凄いのか、鑑定って。
「それに、赤岩様のパラメーターは十分高いので戦力としても役にたつと、貴族達は考えているはずです」
「俺のパラメーターってそんなに高いんですか?」
ダルトスさんやリルーダさんに比べたら大したことはないんだけどな。以前鑑定した普通の騎士のステータスから見たら高いのは事実だ。
てか、勇者である松岩と同じくらいだから、装備さえ整えば世間一般的には強いのかもな。
「あぁ、一誠君は一般的なパラメーターの平均値が分からないんだな。パラメーターの平均値は魔力以外は50とされてる。だから、一誠君のパラメーターは優秀なんだよ。しかも、そこいらの騎士よりも高い」
そうなんだ。やっぱり異世界転移特典なのかな?まぁ、パラメーターだけ高くても技術や装備が整ってなければ弱いんだろうけど。
「そうなんですか」
「だからダルトスに頼んで赤岩様の訓練をしていたんですよ。貴族の配下に訓練をされると、赤岩様を引き抜きされる恐れがあるので」
「あ、そうなんですね。…貴族に引き抜きされると厄介なんですか?」
「えぇ、貴族は利権を優先しますし、人を駒か道具にしか見ていない者達が多いんです。赤岩様は異世界人なので、一般市民として扱われ、鑑定道具として一生使われたり、それこそ奴隷にされる可能性すらあります」
うげ!マジで?そこまで酷いのか?異世界に転移して奴隷にされるなんてごめんだぞ。
「それに、王族の中にも赤岩様を引き入れて自分の駒にしたいという考えの者だっているでしょう」
「…それって、リルーダさんも?」
リルーダさんも王族ではあるよね?もしかして、リルーダさんもそんなこと考えてる?
「私は確かに王族ですけど、この国の王族ではないですし、人間を駒だの道具だのと考えるような教育もされていませんからね。ただ、赤岩様の鑑定スキルは波乱を呼び起こす恐れもあるので、こうしてダルトスに訓練してもらって、自衛出来る力を得て欲しかったのです」
「そうなんすか。…でも、なんで俺のためにそこまで?」
リルーダさんは俺に対して妙に親切なんだよな。何か裏があるのかと勘繰ってしまうことがある。
でも、それならなんで貴族の黒い話をしてくれたんだろってなるよな。
「…赤岩様だからです」
「へ?それは一体…」
答えになってないような…。俺だから?まさか!リルーダさんの好みどストライクなのか?
人妻略奪愛。ヤバいな、昼ドラじゃないか。あれ?俺の世界の伝説で、騎士が王妃との略奪愛の挙げ句、国が滅んだ話があったな…。うん、駄目だな。
「私の国では、赤岩という言葉は特別なんです。だから、その姓を持つ赤岩様を守りたいというのが一つ。それと、リリアナを守ってくれればいいなというのがもう一つです」
うげ!リリアナ姫を守るのかよ!嫌だなぁ…。リルーダさんの美しい笑みを見ると断りづらいのがまたいやらしい。
流石にリリアナ姫の騎士はなぁ…。
「はぁ?!なんでこんな奴に守ってもらわなきゃいけないのよ!こんな不細工!傍に居るだけでも嫌よ!それに、私には陽斗様がいるのよ!こんな奴が傍に居たら勘違いされちゃうでしょ!」
これだもんなぁ。守りたいって気持ちが一切湧かない。高飛車すぎるし、暴言吐かれて守るほどMではない。
容姿がいいことだけが救いか。嫌、容姿がいいから質が悪いのか。
てか、口に物を含みながら叫ぶなよ。こっちに飛んできてるぞ。あ、俺のパンに着いた!うわぁ…。
パンに着いた汚物を悲しげに見てると、ダルトスさんが背中を優しく叩いて励ましてくれる。
複数の意味を込めて励ましてるな、これ。
「こら!失礼でしょリリアナ!赤岩様は不細工ではないですよ!あの…その…。そう!落ち着く顔なんですから!」
リルーダさん。フォローになってない。なんで言い淀んだんです?
落ち着く顔ってことは、異性として魅力を感じないってことっすかね?
「…強く生きろよ、一誠君」
「…はい」
残酷な現実と、酷い言われようにうちひしがれながら昼飯を平らげる。
汚物が着いたパンは仕方ないので食べた。残すのはリルーダさんに申し訳ないしね。ただ、食べてて気持ち悪かったことだけは言っとく。
で、午後もダルトスさんと夕方まで訓練をして、自分の部屋へと戻った。
因みに、夕飯もリルーダさんが持って来てくれたので、訓練所で食べた。
昼飯の時にも感じたのだが、パンは柔らかいし、スープや肉料理がとても美味しかった。
いつも食べているのとは全然違っていたので、リルーダさんに聞いてみたら、「中央の料理は位が高い者向けなんです。だから、味が全然違うのでしょうね」だそうだ。
勇者連中も中央に居るのでこの料理を食べているらしく、俺は料理ですら格差を感じて落ち込んだ。
あと、ダルトスさんも、肩書きは王妃近衛隊隊長ではあるけど客員騎士でもあるので、この料理を食べることが出来るらしい。…この裏切り者。
そして、痛む身体に鞭打って浄め場に向かっている最中なのだが…。
「おい、あれが勇者モドキだぜ」
「へぇ、見るからにハズレって感じだ」
「顔が普通すぎるよねぇ」
「ねぇ~、本当に陽斗様や桐矢様と同じ異世界人かしら?」
「あの剣鬼に鍛えられてはいるけど、才能ないらしいぜ」
「はは!あのぱっとしない見た目じゃ仕方ない」
廊下を歩いていると、こんな感じにひそひそ話が聞こえる。
出来ることなら声のボリュームを下げて頂きたい。がっつり聞こえてます。
昨日までは珍しい奴がいるな程度に見られていたんだけど、今日になっていきなり俺の噂が広がったらしく、なかなか辛辣なことを言われている。
話てる内容を隠す気もないので達が悪いし、俺の世界じゃ陽斗や桐矢のようなイケメンの方が少ないからな?あいつらは突然変異だからな?
足早に目的地まで行こうとするが、誰かが立ちはだかってきた。
見た目は豚だ。豪華な服を着た豚。いや、服に着られた豚か。見てるだけで暑苦しい。
「あ、いや。これはこれは赤岩殿ではありませんか。以前、謁見の間にてお会いしましたが、覚えてらっしゃいますかな?」
良かった、人だった。まさか王城に豚がいるわけないよな。にしても、謁見の間で会ったか…。多分あの貴族らしき一団の中にいたのかな。
けど、突然の出来事であんまり人の顔は覚えてないんだよな。お姫様とリルーダ様以外ね。
「…すみません、驚きの連続で、あの場に居た方々のお顔を覚えていないんです。申し訳ありません」
とにかく低姿勢で行こう。見た目からして、多分この人は貴族だろう、下手に不況を買うのも宜しくないからな。
にしても、今絡んでくるってことは、リルーダさんが言ってた引き抜きかもしれない。
「いやいや、仕方なありませんよ!突然の出来事であったでしょうから。申し遅れましたな。私、ベルヘス・アーキトン伯爵と申します。以後お見知りおきを。で、こちらの生活にはなれましたかな?」
「ええ、ダルトスさんとリルーダ王妃様のおかげで大分慣れてきました」
「そうですか!それは良かった!もし何か困ったことがありましたら私に相談してください。良からぬ噂をたてる輩などは私が対処しますので」
そう言ってアーキトン伯爵が俺の後ろを睨み付ける。すると、後ろから息を飲む音が聞こえ、皆退散していった。やはり、貴族の力は大きいのだろう。
「ありがとう御座います。もし、困ったことがあったらご相談させていただきます」
勿論、タダで相談にのる訳もないだろうから、何か見返りを求められるだろうな。
ま、相談することはないな、後が怖いから。
「是非いらして下さい。では、私はこれで」
アーキトン伯爵が去っていった。後ろ姿を眺めながら、妙にいいタイミングで来たなと思う。
もしかしてあいつが言い触らして、恩を着せようとしたのかと勘繰ってしまうのは疑いすぎだろうか。
この世界の貴族社会について、知らない事が多いのでなんとも言えないけど、リルーダさんの言い方からして、面倒そうな連中だってことは分かる。
出来るだけ関わらないことを胸に浄め場へと向かった。
さて、身体を綺麗にした俺は足早に自分の部屋へと向かっていたのだが、ちょっとした物陰に隠れている最中だ。
足早に部屋へ向かった理由はこの悶々とした気持ちを発散するためだ。なに、浄め場は男女共用であるので、女性のあられもない姿がどうしても見えてしまうのだ。
救いなのは背中をこちらに向けて身体を擦っているから、刺激はそこまで強くない。
しかし、今日は偶然にもこちらに正面を向けて身体を擦っている女性を数名見てしまった。
初めて見る女性の全てが目に入り、思わず小さな自分が元気になったのは言うまでもないだろう。足を上げているのを見た時は神秘を体感したものだ。
俺はなんとかその場を見ないように歩くが、どうしても目に付いてしまう。
ブースで隔たっている以上、中が無人か確認する必要があるので、どうしても目に入る。
実は、ダルトスさんからこの浄め場事情を聞いていたので、こういうことがあるのも分かってはいた。
中央から外側に勤めるメイド達は、貴族の中で三女や四女と、立場が弱い女性がメインなのだと。
貴族の三女や四女となると、嫁ぎ先などたかが知れているし、いい相手が見つからなければ変態貴族の慰みものか、市民に落ちてしまう。
だから、そんな女性達は貴族様のお手つきか、騎士爵の男性の妻になることを望んでいる。
貴族様のお手つき、即ち妾になればそこそこいい生活が出来るし、騎士の妻になれば安泰ではある。
そして、この浄め場を利用する人間は使用人か騎士達なので、こうして男を誘ってあわよくばを狙ったりするらしい。
実際、ブースの中で男女が話をしているのを見たことがあるので、多分夜の予定を打ち合わせしてたんだろうな。
見分け方としては、後ろ向きはごめんなさいで、正面を向いているのはOKといったとこか。
なんともただれている。けしからん!羨ましいぞ畜生!
ここのメイドさんなんて皆容姿がいいから騎士達からしたら天国だろうな。
俺なんて使用人でもないただの厄介人だから女性からも相手されないのだ。
ブースの前を通った時のメイドさんの顔ときたら、てめぇはお呼びじゃねぇって顔で睨んできたんだよ?分身は元気なのに、本体が落ち込むという不思議な現象にあったよ。
故に、このリビドーを吐き出さなくてはいけない訳で、事は一刻も争うのだが何故か物陰に隠れている。何故か。それは…。
「…ねぇ、陽斗。ここは学校じゃないから、もういいんじゃないかな?」
「駄目だ、貴族が明奈を見て言い寄ってこないとは限らない。もう少しこのままでいよう」
俺の幼なじみカップルが庭園でイチャついていたのだ。邪魔したくないので戻ろうとおもったが、何故か足が動かないので、聞き耳をたてていた。
「…そうだね。でも、私…」
「明奈!高校を卒業するまでの我慢だよ!」
ふむ、多分男女の営みの話かな?世の高校生男子が憧れる大人の階段ってやつか。
恐らく明奈がオッケーと言ってるけど、陽斗がまだ早いと言ってるのか?でもなんで貴族が絡む?
それにしても、明奈さんは肉食系のようです。
他のカップルだったら悶々して終わりだが、ことこの二人の場合は違ってくる。
明奈と陽斗がそういうことをする。想像するだけで胸が張り裂けそうになり、吐き気が込み上げてくる。
未だに明奈の事が吹っ切れていない証拠だ。未練たらたらで嫌になる。
「…でも…」
「他の連中もいる。もし、あっちに戻って言い触らされたら大変だろ?」
「…そうだね」
にしても、真面目だな陽斗の奴。確かにうちの学校は不純異性交友が発覚したら停学処分ではある。
しかし、そんなことになるのはまずなくて、学校側が黙認しているのがある。あまり派手なことをしなければ問題ないよというスタンスだ。
「…でも、せめて一誠には…」
「駄目だよ。出来る限りこのことは秘密にしとかないと、迷惑を掛けてしまうよ」
陽斗の言うとおりだ。勘弁して欲しい、何が嬉しくて二人の情事の話を聞かねばならん?俺、泣くよ?心が粉々に砕けて戻らなくなるよ?
ちょっと明奈の正気を疑うな。流石に幼なじみでも異性にそんな話するのはおかしいだろ。
陽斗から言われるならまだしもさ…。
俺はこれ以上聞いていたくないので退散した。部屋までの道中泣きながら戻った自分自身がとても情けなくて辛かった。
部屋に戻ってみると、先ほどまで元気だった分身が自分と同じように落ち込んでいて、そういう気分でもなくなったのでベッドに飛び込んで無理矢理眠りについた。