世の中そんな簡単ではないんですね
「まず、単刀直入に申しますと、魔王を滅ぼして欲しいのです」
霊王ハルビス様が、俺を召喚した理由を告げる。ありきたり過ぎるなぁ。まぁ、現地の人にとっては死活問題だろうけどさ。
「この世界、カームドは定期的に魔王が出現して、災厄を振り撒きます。さらに、その魔王に付き従うように強力な魔物達も暴れ始めるのです」
脅威は魔王だけじゃなく、他の魔物もか。まだこの世界の常識が分からないから、どれほど強力なんだろ?てか、自分の力もまだ把握出来てないからなんとも言えないんだよな。
「勇者様方には魔王及び、強力な魔物の討伐をお願いしています」
まず、他にも勇者が居るのは確定っぽいね。勇者様方なんて言ってるし。
さて、もう少し話が聞きたいな。
「あの、元の世界には戻してもらえるんですよね?」
まずこれだ。まぁ、本当の事を言うかは分からないけど。戻せませんなんて言えないもんね。
「はい、神々との契約で、勇者様が魔王を討伐した曉には元の世界に戻れるようになってます」
神々か。まぁ、本当のことだとしておくか。にしても、魔王討伐はタダ働きなのかな?報酬の話が無かったし。
「あと、他にも勇者は居るのですよね?」
「ええ、先に召喚された勇者様方がいます。今は自室でくつろいで頂いてますよ」
てことは、他の勇者達には説明が終わってるってことか。
会いたかったが残念だ。まぁ、後で会えるよね。
「もう一つ、魔王を倒したら…何か報酬はあるのですか?」
「勿論!男性の場合は我娘との婚姻と財!女性ならば大量の財と爵位を!この世界で暮らすうえで困らせはしません!」
おお、姫様との婚姻は素晴らしい!姉の方は嫌だが、妹はいいな!まぁ、あっちが結婚してもいいって言ってくれたらだけど…
にしても、この報酬じゃ動かない奴も居るだろう。元の世界に戻ったら何も残らないだろうし。
「…それは元の世界に戻ったら意味がないのでは?もう少しこう何か…」
「確かに。ですが、これはどうでしょう?もし、この世界が滅んだら、貴方の世界も滅ぶと言ったら?」
「え?」
俺の世界が滅ぶ?なんで?例えば世界が一つ滅ぶと他の世界にも影響するとかか?
ただ、確認する術がないからそれが本当かも分からない。
「貴方の世界は魔法が使えないのですよね?」
「え?はい、多分そうです」
よくおとぎ話で魔法とか奇跡とかの話はあるけど、多分今はないと思う。
まぁ、使えても隠蔽せれてたりとかだったら分からないけどさ。
「原因は簡単。魔力が薄いからです。理由は、貴方の世界の魔力がこのカームドに流れこんでいるからです」
え?マジで?だから魔法とかないのか?じゃぁ、俺の世界はこっちの世界に魔力を奪われてるってことかよ?
「何故この世界に魔力が流れてくるのか、それは太古の時代、貴方の世界にあった魔力を浄化する神木、世界樹が失われ魔力を浄化する術がなくなったので、貴方の世界の魔力がこちらに流れこむように世界を作り変えたからです」
霊王様の説明を要約するとこうだ。
昔の俺達の世界は、この世界と同じように魔力が溢れ、魔法が普通に使えたそうだ。だが、ある日を境に世界樹セフィロトが消失。
魔力は長時間放置しておくと、変化をおこして瘴気となり生物を魔物に変化させ、さらには人体にも悪影響を及ぼす。それを防ぐため世界樹は魔力を吸収、浄化して放出。魔力を世界に循環させる。要は濾過装置だ。
その濾過装置が失われたので、俺の世界はこの世界に魔力を流すように作り変えられたらしい。誰がそうしたかは分からないが。
そのため、俺の世界では魔法を行使するための魔力が少ないから魔法が失われたのだ。
だが、ここで問題が発生した。魔力がこちらの世界に移動する過程で瘴気に変化してしまい、カームドの瘴気の濃度が上がってしまったらしい。
セフィロトでは浄化仕切れない瘴気は世界に漂い、大量の魔物を発生させ。さらには、魔王まで出現するようになった。
これには流石に困り果ててしまう。現地の人間だけでは対処しきれない可能性が出て来て、助けを求めるように神へ祈りを捧げると、勇者召喚の儀式を教えられる。
それ以来、二千年以上も勇者召喚を周期的に行い、この世界は存続してきた。
もし、この世界が滅べば、俺の世界の魔力は留まり続け、魔物が発生してなすすべもなく滅ぶのだそうだ。
「それに、もしこの世界が魔王に滅ぼされれば、魔王がカームドとそちらの世界の繋がりを見つけだし、渡り歩く恐れもあります」
そんなことになったらどうなるだろうか?もし、現代兵器が通用しなかったら?簡単に滅ぼされるだろうな。
「ですから一誠様!どうかお力をお貸しください!」
さて、どうしたものか。この話が本当なら喜んで手を貸すさ。なにせ、こちらの負債を押し付けているんだからな。
けど、その話が本当なのかその証拠がない。情報源は霊王様の言葉のみで、それだけを信じることは到底出来ない。
「…分かりました。自分の力がどこまで役にたつかは分かりませんけど、お手伝いさせてください」
こう返答するしかないよな。変に断ればどうなるか分からない。常識すら分からない異世界でほっぽり出される可能性もある。
とりあえず様子見で、変な所があったらその時に考えよう。
「おお!ありがとうございます!では!勇者様のステータスを拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
きた!ステータス確認の時間ですよ!どんなチートがあるのか楽しみだ!無双系かな?
「はい!…あの、どうやって確認をしたら…?」
分からん。実はさっき待ってる間にステータスオープンとかやってみたけど、何も起こらなくてやってて恥ずかしかっただけだ。
「はい、ステータスカードを見て頂ければ分かります」
「こちらがステータスカードとなります。触れて頂くだけで結構です」
霊王様が目配せを送ると、階段下に居た男性が白いカードを赤い布に包んで持ってきた。
俺がステータスカードと呼ばれた物を持つと、淡く光り、カードに俺の名前とステータスらしきものが表記された。
赤岩 一誠
スキル
気配察知 初級
疾駆
魔力操作
鑑定
パラメーター
体力 115
筋力 105
敏捷 110
魔力 600
とりあえず見てみたものの、これがいいステータスなのか判断に困る。てか、勇者とか一言も書いてないけどいいのか?とりあえず実例も交えて見ないと分かんないよなぁ。
それにレベル制じゃないのか。ちょっと残念だな。
「では、勇者様!ステータス開示と念じてください」
うん?あぁステータス見たいらしいからな。言われた通りにするしかないか。
とりあえず、ステータス開示。
「おぉ!…ん?」
ステータス開示と念じたら、俺の頭上にステータスが記されたホログラムみたいなのが出現した。
とても大きく、遠くからでも見えるくらいだ。そして、ホログラムが出現するとこの部屋の皆が最初は期待の眼差しをするが、直ぐに困惑の表情となる。
あれ?やっぱりおかしいのか?なんか雰囲気悪くなってるぞ。
「…何故ギフトがない?…勇者ではない?いや、外見は異世界人の特徴だ…それに報告でも召喚されたとあるし…」
霊王様が思案にくれてる。他の人たちもざわざわしているし…。分かることは好感触ではないことだけだな。
「えっと…あの?」
「うん?あぁ、申し訳ないです。いろいろと予想外なことがあって…。ステータスの開示、ありがとう御座います。…では一誠様、お部屋を用意しますので、お休み下さい」
あれ?何か視線が冷たいぞ?さっきとは別人のような表情だし。なんかまずったのか…。
それから、待合室のような場所に連れていかれ暫く待っていると、騎士の人が入ってきて部屋の準備が出来たので付いてこいと言われる。
騎士に付いていくと、こじんまりとした部屋に案内される。
去り際に服を用意したから着てくれと言われたので、着てみると、黒い背広に黒いズボン、そして白いシャツで、使用人のような服だった。てか使用人の服だよね?
俺は備え付けられたベッドへ横になり、先ほどのことを考える。
最後はいきなり表情が変わったよな?納得のいくステータスでは無かったってことなんだろうけど…。
他の勇者のステータスも見てみたいものだ。そうすれば何がいけなかったのか分かるはず。
もし、これで扱いが悪くなったらどうしよう?いきなり放り出されたりはしないよな?正直生きていく自信もないし…。
できるだけ不況を買わないよう、上手くやり過ごしたいなぁ…。
悶々と考えていると、ドアをノックする音が部屋に響く。女性の声で、夕食が出来たので付いてきてほしいと言われた。
丁度空腹を感じていたので、俺は飛び起きて部屋から出る。外にはメイドさんが立っていたのだが、どこか冷たい態度だ。気の所為だよね?
メイドさんの後ろ姿を追いかけながら進んでいくと、大きな食堂へと到着する。食堂には騎士やらメイドやらがごっちゃごっちゃとテーブルに座ってご飯を食べていた。
俺を連れてきたメイドさんから、列に並んで食事を貰って食べて下さいと言って、何処かへと消えていく。
仕方ないので並んで食事を受け取り、腹を満たす。食事の内容は、パンとスープ、それに肉料理で、なかなかに美味しかった。
で、試しに料理を鑑定してみたのだが…。
まずパンを見ながら鑑定と念じると、『ただの柔らかいパン』と表示された。それから続けて鑑定していく。スープが、『山牛のミルクで出来たスープ。暖かい』と、最後に肉料理が、『虐殺猪の肉料理』と出た。
おい、最後。なんだよ虐殺猪って?かなり物騒だぞ?肉になってるから分かんねぇけど、実物を是非拝みたいわ!しかも無駄に美味いのが悔しい。
戦慄と共に腹も膨れたので、風呂でも入りたいなと近くに居た騎士に聞いたが、どうやら城に公衆浴場などはなく、お湯を桶に溜めて体を擦る清め場という所しかないそうだ。
風呂は諦めて騎士の人に清め場を教えてもらい、俺は向かったのだが、これまたなかなかに凄い所だった。
まず、男女の区別がない。なんと、女性は裸にタオルを体に巻いて歩いているのだ。着替える場所は別なので残念だが。
そして、ブースのように区切られた個室モドキへ入って体を擦るが、勿論通路を歩けばあられもない姿が丸見えとなる。
騎士の人からは、じろじろ見ては駄目だと言われた。すんごく勿体ないと思いながらも、俺は見ないよう努力する。でもチラッと見えるのは仕方ないよね?てか、目を瞑らないと視界に入ってくるからね?思春期真っ盛りの自分には刺激が強すぎます!
なんとか前屈みで空いてるブースにたどり着いて、体を綺麗にした。帰る時にまた前屈みになったのは仕方ない。
腹を満たして体を清めると、やることがなくなる。先ほどのメイドさんからは、晩御飯を食べたら自由にしてくれと言われ、明日の朝に訓練を行うとも言われた。
なので、明日の朝まで暇なのだ。そこで俺はぷらぷらと散歩に出掛けた。出かけるにしても城の内部を散策するだけだが。
「やっぱでっけぇなぁ、ま、国の中心を司る場所なんだろうし、当然っちゃ当然か」
城の内部を歩き回っていると、どうやら俺がいるのは城の端っこだと分かった。中央に大きな塔のような建物があり、その周囲を低い建物が円形に囲むようになってる。多分、身分が低い人がここに住むんだろうな、すれ違うのは騎士やメイドさんばかりだし。それに、廊下などの作りもどこか質素に感じるし。
散策をしていると、騎士の一団が談笑しているのを見つけた。
さて、試してみるか…。俺はあることを試そうと思っていた。簡単な話、人に鑑定をかけるのだ。
やろうと思ってはいたのだが、もしデメリットとかあったら嫌だなと思い控えていたのだ。
出来るだけ姿が見えないよう物陰に隠れ、鑑定と念じると、騎士のステータスが表示された。
ラーム・メドッサ
スキル
剣術 中級
槍術 中級
パラメーター
体力 75
筋力 80
敏捷 65
魔力 80
あれ?こんなもんなの?俺のステータスの方が高くない?やっぱり勇者特典はついてんのかな。
あれ?騎士の人がキョロキョロしだした。まさか鑑定したことがバレた?とりあえず退散しよ。
俺はその場から離れて、途中で一休みがてらに、廊下の窓から中央の塔を眺めながら物思いに耽っていると、後ろから騎士達の声が聞こえた。
「今代の勇者様方のパレードが明日行われるそうだぞ?」
「おぉ、俺まだ勇者様見てないから楽しみだな」
「だよなぁ。中央じゃ大忙しだって言ってたけど、勇者様を見れるんだから良いよなぁ」
「本当にな。早く明日になんねぇかな」
そんな話をしながら通り過ぎていく騎士達。…あっれー?俺そんな話聞いてないよ?明日は訓練としか言われてないし…。もしかしたら言い忘れ?まさか除け者とかないよなぁ。
俺はトボトボと自分の部屋に戻った。あ、迷ったのは秘密ね。