エピローグ
フランスの美術館にふさわしく、世界中の方々が集まってきていた。フランス、アメリカ、インド、アルジェリア、そして日本。各々が英語やフランス語を用いて会話をしていた。
「Tsubasa, cette peinture est aussi magnifique.(翼、今回の絵も素晴らしいな)」
「Vraiment? Merci.(本当ですか? ありがとう)」
私の自信作が大きく飾られていた。絵の前には大勢の人が鑑賞しており、少し誇らしい気持ちになった。
現代画家として動き始めてから十年。やっと満足できる絵を描けるようになってきた。大学を卒業してから随分たった。
「Au fait, as-tu encore rompu avec ton petit ami?
(そういえば、また彼氏と別れたんだって?)」
知り合いの画家がにやけた顔で聞いてきた。イラッとしたので、
「Cela n'a pas d'importance pour vous.(あなたには関係ない)」
仏頂面で言ってやった。思い出しただけでもムカついてくる。なにが絵を描くだけで金もらえていいよな、だ。私がすれば嫌いなことをやってそれっぽっちしかもられないあんたのほうがご愁傷様よ。
そう思うと高校にいたあの子は良かったな。変に擦れてなくて、ひたむきで、真面目で。元気にしているかな。
貝のように口を塞いだ私に対して知り合いは慌て初めて、
「Désolé désolé. Je vais fournir de bonnes nouvelles pour les excuses.(ごめんごめん。お詫びに良いニュースを提供するよ)」
「Quoi?(何?)」
どうせしょうもないことと思って、話半分に聞いていた。
「Une image du même japonais que vous êtes décoré. (君と同じ日本人の絵が飾られるんだ)」
「D'accord. Où?(へえ。どこ?)」
「Là-bas.(あそこさ)」
ヨーロッパ系の画家たちが中心の展覧会なので、同郷の人の絵が飾られることに興味を覚えた。まだ駆け出しの画家ららしく、隅の方にちょこんと飾られた。
軽い気持ちで見てみると、背筋がゾクッとする感覚を味わった。切れ長の目に、長い髪の女性が、黙々とキャンバスに向かっている絵だった。暖かさを覚えさせる穏やかなタッチをしていった。私はこのタッチと構造に見覚えがあった。
「Il est possible de le faire. Depuis que je suis jeune, ça vient.(まあまあの出来だな。若いからこれからだな)」
若い?
「Il a quel age?(彼はいくつなの?)」
「Il vous dit un ou deux. (君の一つか二つ下さ)」
私と年齢が近くて日本人でこんなタッチの? 一人の顔が思い浮かんだが、すぐに打ち消した。私と近い年齢の日本人で、こんな絵を描く人はそれなりにいるだろう。別れたばかりだから少しセンチメンタルになっているだけだ。
「Regarde, ce garçon. (ほら、あの子さ)」
十五メートルくらい離れたところにいた一人の青年を示した。その人の横顔を見て心臓が早く打ち始めた。高校のときによく見た子がそこにいた。頼りない雰囲気は相変わらずで、でも少しだけ大人っぽくなった顔立ちをしていた。
その子は私を見て目を大きく開いた。そしてオドオドし始めて、最後にぎこちなく笑った。その様子はあの頃と変わらなかったから思わず笑みがこぼれた。
さてなんて言おうかな。言葉が何百も浮かんだけれど、どれもしっくりと来なかった。あの子との距離はどんどん近づいてくる。しょうがない、とりあえず一言だけ伝えるか。
『描き続けてくれてありがとう』
―FIN―
[あとがき]
最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しい時間を過ごしていただけたら幸いです。
小説を読み返すと、時おり登場人物たちから物を教えられることがありますが、
この作品もその一つです。時間が経って読み返すと、この子たちはこんなことを思ってたのかと驚きました。
蓮や翼に胸を張れるように、執筆に邁進しなければと思った次第です。