第3話
人を殺せないから追われている。
それが事実なら、なんで警察に追われているんだろう。
僕は、このふたりを、警察に突き出すべきなのか。
「身分証どうする?いままでのはバレたよね」
「仕方ない、作ろう」
リベルタとミシェルは身分証明書カードを1枚ずつ取り出す。
「スマホを貸してくれないか?」
「嫌だよ!」
当たり前だ、断固として拒否だ。特にこのミシェルは、何にもしなくてもデータを書き換えたりできるようだ。スマホのデータを悪用されたりしたら大変だ。
「あ、こいつパソコン持ってる」
リベルタが僕の鞄の中にある、ノートパソコンを指さした。
「ダメだよ、それに僕にはトーマスって名前がある、こいつなんて呼ぶな」
「わかった、トーマス君、すまないが俺たちのIDではもうどこにも入れないんだ。こうしよう…。
君は自分の手で自分のスマホを持つ、そして、もう片方の手でこの2枚のIDカードを持って近づけておいてくれるだけでいい」
「………」
僕は、ミシェルに言われたとおり、左手に自分のスマホ、右手に渡されたIDカード2枚を持って二人を見た。そして、何も悪いことが起こるわけないと願いながら、自分のスマホの画面を見つめた。
まず驚いたのは、画面が勝手に立ち上がったことだ。僕の手が間違って触れたのだろうか。
待ち受け画面から中に入るには、暗証番号が必要だ。勝手に入力されていき、、*****…並んでいく。ホーム画面が開く!
僕はリベルタを見た。リベルタは顎で、ミシェルがやっているんだと、伝えてきた。
ミシェルはただ静かに僕のスマホを見ているだけだ。指ひとつ動かしていない。何が起きているんだろうか。
そのあとスマホは、ものすごいスピードで何か作業をしていた。
「リベルタ、もうすぐ書き換えが終わる。名前どうする?」
ミシェルは優しい目でリベルタを見た。
「なんでもいい、マチルダにしようかな。ミシェルは?」
「なんでもいいな、じゃぁヨハンで。一緒にいても怪しまれないように、何か共通点でもつくろうか?」
リベルタは、ミシェルの腕をぎゅっと抱えて、頬にキスしながら笑った。
「ふたりは、夫婦ってことにしてみない?」
「それは困ったな」
ミシェルは、僕に聞いてきた。
「トーマス君、大学生なんだな。量子コンピュータの研究しているのかい?」
僕はギョッとした。僕のデータが見られている。
「け、警察を呼ぶぞ。ハッキングしてるんだろ?」
声は少し裏返ったが。それより印象的だったミシェルの表情。申し訳なさそうに、困ったように。
「見えてしまったもので、すまない」
まるで、めくれていたノートに僕の履歴が書かれていた、みたいな感じだ。
「リベルタ、できた。マチルダとヨハンは兄妹で、ヨハンとトーマス君とは同じ大学の生徒ということにしておいた。
大学生だからな…10万くらい資金は入れておいて…完成だ」
スマホの画面は、ゆっくりと再起動して、もとに戻った。
「助かった、ありがとう。これでもうしばらく逃げ切れるだろう…」
ミシェルは僕に礼を言うと、席を立った。
「行こう、リベルタ」
リベルタは、天井を見上げて、大きくため息をつきながら。
「もう少しゆっくりしていこうよ。もう逃げるのには疲れた、どこかで安心して眠りたいよ!」
ミシェルは静かだけど強い口調で言った。
「彼に迷惑はかけられない」
僕は、どうしたものか。
「追われているのは俺だ、リベルタ、もう別行動をしよう」
「嫌だ!」
リベルタは立ち上がって、ミシェルの手をかき分けるようにつかんだ。
「ずっと一緒だって言ったじゃないか!絶対に嫌だ!」
困った顔のミシェル。本気で怒りだしそうなリベルタ。
「世話になった、本当にありがとう。俺たちはこれで失礼する…」
ミシェルは言いながら、なんだかおぼつかない足取りになっていた。店の出口を目で探して、うつろな目で…真っ青な顔いろで、そうして、本当にパタリと倒れてしまった。