第1話
ニューモンターニュブランという町は、何度来ても綺麗だなと思う。名前はなんだかおかしいけれど。英語なのかフランス語なのかもうわからない。世界中が統一の波に飲み込まれそうになっていて、20年後には国境を無くそうという話も出ているらしい。すでに言葉は世界共通語が使われていて、僕だって祖先の言葉はもうあまり話せない。
明日には登る通称「白い山」。僕はこいつが憎い。はやくこいつに登らなくてもいい日がくることを願っている。その白い山も、夏は名前ばかりで、緑が美しい登りやすい山だ。
待っていてください、必ず見つけ出してみせます。
アスファルトの上を歩きながら、土産物店のガラスを眺める。僕にもお土産を買って帰れる人がいればいいのだけれど。僕はどうにも内気で、友人らしい友人があまりいない。そのせいか大学もあまり楽しくない。父も僕にはあまり期待していないのだろう、卒業して違う道にすすむのがいいと自分でも思う。
そのとき、後ろの方から何か大きな音が聞こえた。何回も。銃声みたいだ。近づいてくる。
パァン!
と大きな破裂音がして、目の前のガラスがはじけ飛ぶ。振り返ろうと体を反らしたとき、突然目の前に顔があった。女の子の顔、琥珀色の大きな目、真っ黒い髪。そしていきなり胸ぐらを引っ張られた。
「わ?!」
もがこうとしても、僕には彼女を見ることもできない。手を後ろに回されて、口を抑えられている。
視界には、ポリスロイドの集団が、こちらにむけて銃を構えている。
「降参しろ! さもなければ撃つ!」
「一般人を巻き込んでみろ、後始末が大変だぞ!」
その一般人というのは、僕のことだ。とんでもないことを女の子は叫んでいる。がっちり僕をつかんで、盾にしている。
「大丈夫だよ、もうすぐミシェルが間に合う」
女の子が、囁いた。
何が何だかわからないまま、何秒かが過ぎたのだろう。とても長い時間に思えたから、本当のところはわからない。
突然、ポリスロイド達が動きをやめた。だらんと両手を下げて、膝を落とし、そして動かなくなった。
女の子は後ろにがっちりとつかんでいた僕の手を離した。
「ありがとう、助かったよ」
何て答えればいいのか。僕はよろめきながら、やっとのことで彼女を見た。
ドキリとする、琥珀色の瞳。髪はショートカットで、肌は少し日に焼けた印象だ。背は160センチくらいで、何か運動でもしているのだろうか、しなやかで筋肉質で…。
その女の子が、大きく手をあげて、ミシェルと声を出した。
視線の先を見ると、なんだかあり得ないものを見ている気がした。
金の髪は、まるで月の光みたいに神秘的で、腰のあたりまで伸びてサラサラ揺れている。肌は陶器のように艶やかで白く、やや細い体にぴったりくる白いシャツと黒い上着、ズボンをはいていてもありありとわかるくらい足も長い。背は高い、180センチくらいだろうか。体つきから男だとはわかるが、パッと見ただけじゃきっとわからないだろう。目はサングラスで覆われていて、耳にはポリスロイドのものだろうか、無線を耳に当てているが何も話していない。
やがて、ポリスロイドが一斉に彼の後ろで立ち上がった。そしてコマ回しでもしているかのように、全てがパトカーに乗り込んで去っていった。後には、彼が投げた無線機だけが道に落ちていた。
「すまなかった、大丈夫か?」
「彼が盾になってくれて助かったよ」
盾になって…好きでなったわけじゃないんだけど。
ふたりはこちらを見て、短くお礼を言った。悪い人たちではなさそうなのに、どうして追われて銃など向けられていたのだろうか。
「盾になってもらったついでに、もう少し助けてもらえないか?」
女の子は小さな声で、僕の腕をつかんで言った。間近で見ると、可愛い顔をしている。
「助けるって、何をして?どうやって?いや、そもそも…」
何で僕が…という間に、彼女は僕を引きずるように引っ張ると、近くの飲食店へと入っていった。