久継の仕事(2)
もしかして、今俺はニート疑惑をかけられているのだろうか。
このエルフリーデの視線は、どこか心配しているようでもあり、平日に家からでない学校にも行っていない人間が、どのように扱われるかを本で知ったようだ。
「よもや、収入を得る手段がない状態で、私の居候を受け入れたわけではないだろうな。だとすれば、私としては非常に心苦しいのだが」
「さすがにそこまで無責任じゃないよ。ちゃんと仕事はしてるって」
「先ほど読んだ書物の中に、物件の相場などが乗っている紙片が挟まっていた。あの紙片によると、この部屋は3LDKと呼ばれるらしいな。この畳という単位はよくわからなかったが、要は広さを示す単位だろう」
「だいたいそんな感じだな。今畳がないから説明しづらいけど、床の敷材に畳ってのがあって、それ1枚分を畳って単位で表すんだ」
「ふむ、だがこの部屋はそれなりに住むのに費用がかかるのではないか」
「まあ、それなりにはかかってるわな。日本の家は駅に近かったり便利な場所にあるほど、価値が高くなるんだ。ちなみにこの家は、駅から歩いて10分ほどだ」
平日にも家にいられる職業で、久継のような若者でそれなりに稼げるもの。
エルフリーデはしばらく唸っていたが、答えは出なかったようで首をかしげたままギブアップした。
「結局のところ、貴様はなんの仕事をしているのだ」
「俺は小説家をしているんだ。物語を書いて、それを買ってもらう仕事」
「物語を……吟遊詩人のようなものか」
エルフリーデの感覚としては、それが一番近いのかもしれない。
久継の知識の中では、彼らは自分の作った詩を、各地を渡り歩きながら語り継ぐようなイメージなのだが、こちらは文章を書いて出版して各地に届けている。
「日本では吟遊詩人が仕事として認められているのか。しかも、それなりに収入に繋がるとは驚いた」
「フィニエスだと、吟遊詩人は仕事としては微妙なのか」
「微妙というか、ほとんどは農家の次男のような家を継がせてもらえないような者が、道楽のように楽しむようなものだな。仕事というには程遠い」
なんとなくだが、フィにエスでの吟遊詩人の立場がわかった。
周囲からいい目で見られることは少なそうだし、エルフリーデとしては日本での小説家に立ち位置が掴みづらいのだろう。
そこで、久継は部屋の奥の物置へと行き、エルフリーデを手招きした。
素直にこちらへと歩いてきたエルフリーデは、そこに並んでいる本の量に目を見張った。
「貴様、詩人でもあり書庫の番人でもあるのか。確かにそれならば、収入に困ることはあるまい」
「残念ながら、このくらいの蔵書なら日本のあちこちで持っている人間がいる。この世界では本はそれほど身近であって、それを書く人間もたくさんいるんだ。だから仕事としても、売れればっていう条件付きだがそれなりに稼げる」
先ほどから日本の豊かさに驚いていたエルフリーデだが、本が身近な存在というのは殊更驚くことらしい。フィニエスでは本の流通が少ないのか、それとも物語の書き手が少ないのだろうかと考えていると、こちらの考えを見透かしたかのようにエルフリーデが教えてくれた。
「フィニエスでは詩人云々の前に、紙自体が貴重品でな。個人で本を所有している者など、上流階級にしかいないのだ。それこそ、革張りで金属の装丁を施した本など、持っているだけで財産だ」
紙自体が高級品でしたか、と久継は納得した。




