勇者を名乗る少女(2)
フライパンの上で食欲のそそる匂いを立てながら色を変えていく豚肉を横目に、一定のリズムでキャベツを刻んでいく。うっすらと焼き目が付いた肉にタレとすりおろしておいた生姜に浸し、絡めるように火を通す。
一度フライパンに蓋をしてから少し待ち、その間に刻んだキャベツを平皿に盛り付け、肉が固くなり始める前にキャベツに半分ほど乗せるように敷いていく。最後にフライパンに残ったタレを回しかけ、白飯と味噌汁をつけるだけで生姜焼き定食の完成だ。
「おーい、勇者娘。運ぶの手伝ってくれ」
「承知した、この品々をあちらの机に運べばいいのだな?」
2人で何度か往復して机に運び、箸は俺の分だけ用意して少女にはフォークを渡した。
目の前に並べられた料理をまじまじと見つめていた少女は、男が手を合わせるのを真似るように両手を合わせ、男の言葉に続くように食前の挨拶をする。
「よし、食っていいぞ勇者娘」
「いいのか、あとその勇者娘というのをやめろ。私にはツァールト・エルフリーデという名前がある」
「そういや、自己紹介もまだだったな。俺は遠野久継、よろしくなエルフリーデ」
「ヒサツグか、此度の食事は本当に感謝する。私が国に戻ったら貴様に勲章を授与しよう」
生姜焼き十字勲章とかもらえるのだろうか。
銀十字に豚のレリーフが刻印された勲章を思い浮かべ、なんかなあと微妙な気分になっていると、フォークで豚の生姜焼きを串刺しにし、キャベツと共に口に運んでいた。
異世界云々は知らないが、異国の人間であることは確かなのだろう。
口に合うかどうかが心配だったが、生姜焼きも白飯と味噌汁もすごい勢いで食べているので、特に気にかけることもなさそうだ。
「食べてから聞くのもおかしいのだが、本当に私も食事をもらってしまってよかったのか。先程も言ったが、私は今何も持っていないぞ」
「気にすんな、どうせ自分の分は作るつもりだったからな。自炊する以上1人分も2人分も、あんまり手間は変わらんのよ」
そういうものだろうかと少し逡巡する様子を見せたが、目の前にあるのは食欲を刺激する香りを放つ生姜焼き。これに空腹ともなれば耐えられるはずもなく、ものの数十分で料理は片付いてしまった。
「おいしい料理だった。だが、この料理を食べて確信したのだが、本当にここはフィニエス王国ではないのだな」
「さっきも聞いたが、そのフィニエス王国ってのは?」
「うむ、私が生まれ育ったパドック村も擁する、かなり国土の広い王国だ」
村、王国、などの単語から推測するに、題材はファンタジーだろうか。
なかなかに設定が凝っているようだが、それを正面から指摘してしまうのはあまりにも大人げない。なので、設定を掘り下げてみることにした。
「悪いがここは日本って国でな。魔法もない、勇者も魔王も魔物もいない、平和な世界なんだ」
「なるほど、貴様の応対で私の国に対する知識がないことはわかっていたが、まさか魔法に関する情報までないとは驚いた」
「そうなんだ、だからいきなりフィニエス王国とか言われても、にわかに信じられなくてな」
「先程からどうにも反応が鈍いと思っていたが、そういうことなら早く言えばいいものを。要は私を虚言癖かなにかだと思っていたのだな?」
そう正面から聞かれると、はいそうですとは言いにくい。
だが、実際こじらせている少女だと思っていたわけで、特に反論するつもりもない。
こちらの反応から色々察したのか、顎に手を当て思案するような姿勢を取ったエルフリーデは、おもむろに手をこちらに向けると、一言呟いた。
「『エントラ』」
その直後、このアパートのブレーカーが全て落ちた。