フィニエスの勇者(2)
「厄介払いって、お前勇者じゃないのか」
「魔族との戦争が終わったら、勇者は英雄扱いされると思っているのなら、それは間違いだな。いや、常の戦争であれば英雄扱いなのだろうが、私は魔族をほとんど殺していないのだ。だが、聖剣を用いて敗北させたことには変わりない」
「敗北といっても、お前は両方を共存させる和平を結んだんじゃないのか」
洗い物を終えた久継がリビングに戻ってくると、そこには赤く光る聖剣を見つめるエルフリーデの姿があった。その姿はどこかさみしそうで、フィニエスでの戦争後の勇者に対する扱いは、いいものではなかったとわかる。
「和平は結んだとも。だが、その時の私は戦争が世界にもたらしていたものと、世界の仕組みを理解していなかったのだ」
「戦争がもたらしていたもの……利益か」
「そうだ、結果として世界は平和にはなったのだ。だが、そのせいで戦争を仕事にしていたものたちが職を失い、野盗に身をやつす者までいた。私はそのような者たちを残党と呼び、討伐している時に日本へと転送されたのだ」
どこの世界でも、世界に利益をもたらすのは戦争ということだろうか。
悔しいことに、今の地球でも最も文明を発達させたのは、戦争ということになっている。
事実そうなのだろう。
だが、それが事実だとしても、戦争を止めた英雄たるエルフリーデが非難される謂れはないし、それを糾弾する者ばかりではないはずである。だというのに、この話をするエルフリーデは、世界に平和をもたらしたと誇らしげにするどころか、自分は間違っていたのではと後悔すらしているように見える。
「私は周りに一切の助けを求めず、魔族の砦や拠点をほとんど単騎で落とし、駆け上がるように魔王城までたどり着いた。私のこの行為は、個人的な復讐の意味合いも強かったから、巻き込みたくはなかったのだ」
聖剣を赤と白に切り替えながら指で弄びつつ、静かにエルフリーデは呟く。
それを久継は何も言わず、ただ耳を傾け続けた。
「最後まで一人で戦い抜き、戻った私を迎えたのは拍手や歓声などではなく、衛兵たちが囲むように向ける槍だった。なぜ同胞であるはずの人間から槍を向けられるのかわからないまま、玉座へと連れて行かれた私が教えられたのは、世界で行われていた戦争経済だった」
声に涙が混じり始め、当時の悔しさが滲み出る。
自分が救った民の賞賛の声を期待して帰ったら、待っていたのは自分が知らなかった腐りきった事実であれば、その理不尽すぎる仕打ちに涙も出るだろう。
「そこで奴らに聞いてみたのだ、その戦争の犠牲になっていた民たちは、どうすればよかったのかと。貴様らの金儲けのために、どれだけの民が苦しんでいたのか知っているのかと。そうしたら奴ら、なんと答えたと思う」
その時のことを思い出してか、拳を握り締め床へと叩きつけた。
「民たちは戦争に使う資材を提供する存在であり、貴族や国の庇護下にある限り問題はないと宣ったのだ。信じられるか、庇護下にあるというなら、私の村はなぜ助けの一つもないまま滅んだのだ……っ」
流れる涙は止まらず、嗚咽を混じらせながら言葉を続ける。
長い間、自分を殺し勇者としての立場で堪えていた涙が、堰を切ったようにこぼれ落ちる。
「私が命を賭して戦い抜き、勝ち取ったものは平穏だと思っていた。村を焼かれたとき、もう殺したくない、殺し合いはたくさんだと強く想ったとき、この聖剣は破邪の能力に目覚めたのだ」