フィニエスの勇者(1)
食卓に夕食を並べ終え、鮭のムニエルの香ばしい香りやポタージュの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。エルフリーデも手伝いをしたためか、ポタージュの出来具合が気になるようだ。
食前の挨拶を終え、エルフリーデはポタージュを口に運び、頬に手をあておいしそうに表情をほころばせる。久継もムニエルをナイフで切り、一切れ噛みしめると満足そうに頷いた。
「すごいな、カボチャがここまで滑らかなスープになるのか」
「大体俺が作ると少し皮が残って舌触りが悪くなってしまうんだが、エルフリーデがカボチャの皮をきれいに剥いてくれたおかげだな」
鮭のムニエルも香ばしい風味と酸味のあるソースが絡み、噛みしめるたびに口の中に鮭の旨味と程よい触感が口内へと広がる。少し濃いめの味付けなのでご飯も進み、満足のいく夕食となった。
食器を片付けひと段落といったところで、久継は食器を洗いながらエルフリーデに切り出した。
「エルフリーデ、そろそろお前がここにきて丸一日になるが、親は心配しないのか」
「ん、ああ、言っていいなかったな。私の両親や親族の者は、すでにみな死別している」
久継は自分の軽率な発言を後悔するが、その割にはあまりにも淡々と答えるエルフリーデに違和感を覚える。エルフリーデも久継の表情に気づき、付け足すように説明を入れてくれた。
「別に、少し前のフィニエスでは村や町が滅ぶことなど、そう珍しいものではなかったのだ。私の村も辺境でな、魔物の襲撃で私を除いて全員皆殺しにされてしまった」
「少し前ってことは、今落ち着いているのか」
「うむ、何故私だけ生き残ったのはいまだに分からないが、その時勇者として聖剣に認められてな。それからは目につく魔族を全員破邪の剣で斬って回ったのだ」
魔族にとっては辻斬り同然なのだろうが、その実破邪の剣ということは、斬られた魔族は死んではいないのだろう。自分の家族や仲間を皆殺しにされ、なぜ魔族を生かすような戦いをしていたのかと疑問に思ったが、エルフリーデは久継の疑問を見透かしたかのよに答える。
「私の聖剣の2つある能力は、さっき説明したな。私はあの能力を知ったとき、選択肢を与えられたような気がしたんだ」
「勇者になるか、それともならないかって訳じゃなさそうだな」
「聖剣に選ばれた時点で、勇者になることは拒否できないのだ。私はそこで、魔族を皆殺しにし、魔族と人間の負の連鎖に飲まれるか、魔族の心のみを斬り自分の心を殺すのかを選ばされたのだ」
憎しみの連鎖を断ち切る、というやつだろうか。
口にするのは簡単だが、それはそう簡単なことではないだろう。
平和な暮らしを蹂躙され、自分の家族や仲間を皆殺しにされ、そこでなお相手を殺さない選択肢をとったエルフリーデは、なぜ踏みとどまれたのだろうか。冷静に考えれば、エルフリーデがとった行動は正しいのだろう。だが、そこで感情のままに魔族と殺し合いをしたところで、だれもエルフリーデを責めないだろう。
「魔族が憎くはなかったのか」
「憎かったさ。だけど、私はその時魔族の知り合いが……親友が1人いてな。嫌だったんだ、種族が違うというだけで殺し殺される時代が。その親友のおかげで、魔族と人間だって分かり合えると知っていたから、もう誰も殺したくなかったんだ」
「種が違うだけで殺しあう時代が嫌か、こっちの世界の首脳閣下に聞かせてやりたいな」
実際は誰しもが思っていることなのだろうが、それを実現できる力を持っている者がいない。仮にその力を持ったとしても、世界がいい方向に進むように振るえる者なんて、ほんの一握りなのだろう。
「それじゃあ、そんな勇者がいなくなったらフィニエスは大変だろうな」
「それはないだろうな、むしろ厄介払いとすら思っているかもしれん」