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ワガママ令嬢の話

作者: 御木国 オムタ

「私は私のワガママを聞いてくださる方と結婚しとうございます」


国でも有数の財力を持つ伯爵の令嬢は、彼女の15の誕生日を祝う夜会で女神のように微笑んだ。


「では、ごきげんよう皆様。私の最初のワガママは、16になるまで

家族以外のどなたからも贈り物を受け取らないことですわ」


夜闇と星を集めたような美しい黒髪をさらさらと揺らしながら、令嬢は自室へ戻った。

あまりにも衝撃的な一言を残して去った。誰かがぽつりと呟いた。


「なに、ご令嬢の気まぐれでしょう。美しい花でも見繕えばよい」


それもそうだと貴公子たちは言い合い、その後一年国中の花屋と庭師は大忙しだった。

口にしたのは美しい花畑を領地に持つ貴族だったが、

いくらなんでも素直すぎないか? と頭を抱えるはめになったという。


「皆様お美しい花をありがとうございました。けれど、我が家の花瓶には多すぎますわ」


一年後に現れた令嬢は花に囲まれて益々美しくなってそう微笑んだ。


「私は私のワガママを聞いてくださる方と結婚しとございます。次は17の誕生日に」


つまり花では彼女の心を動かせなかったということか、若人はたちはがっかりした。


「なに、ご令嬢は気まぐれなものです。次はドレスでも欲しがるに違いありません」


成程、あの令嬢には似合いのドレスが必要だ。貴公子たちは頷き合う。

その後一年間国中の糸車はカラカラ回り、織機はバタバタ鳴り、針はセカセカ忙しなく動いた。

いくらなんでも素直すぎる!と糸の一大生産地を持つ貴族は嘆いた。


「皆様素敵なドレスをありがとうございます。けれど、我が家のクローゼットはいっぱいですわ」


一年後に現れた令嬢は国一番のドレスを纏って微笑んだ。


「私は私のワガママを聞いてくださる方と結婚しとうございます。次は18の誕生日に」


今回もダメだったか、と肩を落とす貴公子と私はあんなワガママ言いませんわ、と語る淑女方。

これは次の贈り物はだいぶ減りそうだな、と内心思うものもいた。


「皆様で好きなものを考えて贈ればそろそろ満足するでしょう」


ぽろりと口にした貴族が、隣にいた淑女に兄さんは黙ってなさいよ、と向こう脛を蹴られたことに

その兄妹以外に気付かなかった。未だ残っていた若人たちは俄然盛り上がりを見せた。


「私は私のワガママを聞いてくださる方と結婚したいのです」


18の令嬢の顔はどこか曇っていた。国一番のドレスも髪飾りも首飾りも花も美食も美酒も彼女を満足させないのか。

脇のテーブルに積まれたあらゆる美しい言葉の詰まった恋文も詩集も所在なさげである。


「あなたは本当に、ワガママだ!」


一人の貴族が声を張り上げた。隣の淑女はぎょっとして、彼の手からグラスを取り上げる。

誰よ兄様に葡萄酒を飲ませたのは、という小さな悲鳴はざわつきに消えた。


「あなたのその美しさと言葉で、国の若い者の心がどれだけ乱されたことか!」

「だって、どなたも私のワガママを聞いてくださらないんですもの!」


令嬢は彼女には珍しく大声で言い返した。


「では、私が聞きましょう! あなたは何が欲しいのですか!?」

「ですから言っているでしょう! 私のワガママを聞いてくださる人ですわ!」


令嬢の隣にいた兄が、誰だ妹に蜂蜜酒を飲ませたのは、と小さな悲鳴を上げた。


「花もドレスも贈り物の数々、どれもこれも素晴らしい品ですわ!

けれど、私が本当に欲しいものではありませんの!」

「それでは何が欲しいのです!?」

「動きやすくて汚れても平気なシャツとズボン! ドレスなんて面倒で普段から着たくはありませんわ!

本ならばもっと通俗的なもの! 冒険譚に滑稽本!詩集はきらびやかすぎて辛いのです!

食事はもっとこう、雑なもの! 塩コショウしただけの豚肉とか! 揚げたじゃがいもとか!

茹でただけの卵とか! 炊きたてご飯に塩振ったものとか!

ええ、私夜会もあまり好きではないの! 引き籠って怠惰を貪りたいわ!

たまにちょっぴり家の事をしただけでえらいすごい流石だ助かるって褒められたいわ!」


会場の貴公子淑女の皆様は唖然。女神のように美しい伯爵家のご令嬢は、とてもお嫁さんには向かない。


「それより何より、今まで、だーれも! 私に何が欲しいか聞いてくれなかったのよ!」

「自分で言わずに物をもらっておいてなんだその態度は! いい加減にしないか!」


ああ、兄さまが私へのお説教モードに入ったわ、と淑女は呟いて、

もうやってられるかとばかりに手酌でワインを飲み始めた。

ぎゃんぎゃんきゃんきゃんと言い争う二人を、若人たちはもう放っておくことにした。

彼女の兄が横で頭を下げているので多分無視しても平気だと思ったのだ。


「炊きたてご飯に塩だと? そんなもの我が家では毎食食べられるぞ!」

「じゃあ持ってきてくださいよ! できるものならアジの開きもつけて!」

「ああ結構! なんならサンマもシャケも出すぞ!?」


売り言葉に買い言葉、ああいえばこういう、ツーといえばカー、

丁々発止の二人の声をBGMに、貴公子淑女の夜は更ける。


半年後、国でも有数の財力を持つ伯爵の令嬢は近親者だけで式を開いて嫁いでいった。

お相手の貴族は美しい花畑を持ち、高名な糸の産地であり、

海が近いのに農作物も枯らさずイネという植物を育てている。

その地にお籠りになった女神のように美しい伯爵令嬢は、

時々領民に向かって手を振るだけの簡単なお仕事に満足しながら

二男二女を授かってそれはもう幸せに暮らしたという話である。



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