天使編01-02
僕が店に戻る頃には既にバイトが新刊を並べていた。
その懸命な姿に僕は感銘を受ける。
しかしながらお店が閑古鳥なのはいつものこと、僕らは他にやることもなく近くの本を読むだけだった。
「炊樫さんも転校生なんですよね。クラスの生徒から聞きましたよ」
興味本意からか、バイトが僕の事で質問をする。
「ん?あぁ、そうだな。親父の都合で来ただけだからな」
「卒業までここに?」
「……いや、今年の終わりにはまた他の高校に転校するよ」
僕の親父は昔から転勤が多く、その度に転校を繰り返すのが恒例だった。
母親は幼い頃に死んだらしく、僕はその記憶は1つもなかった。
その事を親父に話すと偉く機嫌が悪くなるから、僕は昔からそこに触れることもなかった。
そして親父のことも、僕はよく知らない。
「炊樫さん来年はいないのか……寂しいですね」
「何言ってやがる。まだ2、3日しか会ってないだろう。寂しいものかよ」
「……ですよね」
「?」
彼女は寂しそうな顔で下を向いた。
余程優しい心の持ち主なのだろうか、まだ会ってから日がたってないというのに、悲しい目をしていた。
「しかしお前、その歳で女の子なのに麻雀に興味あるとはな」
彼女は顔が尖った絵で有名な某麻雀の漫画を読んでいた。
「えぇ、好きです。好きなのに何も覚えてないんです」
「どういうことだ?」
「昔やっていたはずなのですよ。でも何も覚えてないというか……何かを守るために戦って、酷い惨劇を酷い結末で終わらせた人がいたんですよね」
「……まるで僕だな」
「ん、何か?」
「いや、何でもないよ」
そういえば悪友を酷く犯したのもあの時で、麻雀でイカサマをして無理矢理勝ち、無茶難題を言う彼女に腹を立て、好きか嫌いかの感情で僕はやってしまった。
あの時、彼女は泣いていたけれど、僕もまた泣いていた。心がーー酷くメルトしたような気持ちだった。
そして今彼女、悪友が僕の中にいる。
手を打つにも準備が足りない今、星井の記憶を戻す以外に何か戦う方法はないのだろうか。
また黒いフードの彼女が現れれば、何かアドバイスをくれるとは思うが、それも望み薄い話である。
「あれ炊樫さん、お客様が来ましたね」
「お、珍しいな。いらっしゃい……ませ……」
「やっほー!」
本を閉じて顔を上げるとそこには星井がいた。
「なんだお客様じゃないのかよ」
「なんだとはご挨拶ね。それに誰よその可愛い女の子は!けしからん、私と言う美少女がいながら」
「1つ良いことを教えてやる。美少女は自分の事を美少女とは言わないんだよ」
「んなことは良いのよ!ねね、誰なのよその子!」
やたらと突っ掛かる星井に僕は仕方なくバイトの子を紹介することにした。
「バイトだバイト。な、バイト?」
「はい!私はバイトの岸辺明と申します!」
可愛らしく敬礼をするバイトに星井は細い目で僕を見ていた。
そして僕は初めて彼女の名前を知った瞬間でもあった。
「ふぅーん、女なのに男みたいな名前なのね。それにしてもバイト雇うほどここが繁盛してるとは思えないのだけれど。てかこんな店にバイトいるの?」
「お前、さっきから失礼な」
「とにかく、私は納得出来ない!ちょーと目を放すと新しい女の子連れて来ちゃうんだから!と、言うわけで私も雇ってよ!バイトすればアンタらの気持ち分かると思ってさっき数件面接したら即落ちよ即落ち!なんでなの!?私の何が悪いよ!!」
「頭黒くしろマヌケ。てかバイトの面接しに先帰ってたのかよ……」
青髪の彼女が受かる仕事などあるはずがないのだ。それに星井は僕が見る限り敬語に疎い、丁寧語を話している姿を見たことがなかった。
そんな彼女が僕らの気持ちを知るためにバイトとは、その行動力だけは認めたくなる。
「バイトはもう締め切りだからよ。それに星井、別にお前が僕らの仕事の事情を知る必要はないだろ」
「だって……悪魔とこそこそ話してるから……」
「わかったよ、普通にお前の前でも話すからよ。別に省いてる訳じゃないだぞ?まったく」
その後、星井には帰ってもらい、気が付けば本来のバイトが始まる時間くらいにはなっていた。
相変わらずの暇な時間、バイトの明がレジ下の小さい本棚の辺りを軽く掃除をしていた。
「おっ、テレビですね」
「こんなのがあったのか。映るのか?」
「電源入れてみます!…………あっ、着いた」
暇な僕らは少し狭いスペースでテレビを見ることになった。どうせ誰も来ないのだから。
オジさんは暇なときテレビを見ていたのか、なら僕にも教えてくれれば良かったのにと少し怒りを覚えるが、今はどうでも良かった。
「確か今日、ニュースのゲストに天空寺さん出るんですよね!私ファンなんです!」
天空寺……どこかで聞いた名前だった。
『それでは今日のゲスト、天空寺湯乃さんです』
『こんにちは、天空寺湯乃です』
そんなことを思っているうちに、その天空寺がテレビに現れた。
「来たー!天空寺さーん!」
「こいつ、この間の警察官?」
僕は知っていた。なんせ今日、その人に会ったのだから。
黒いコートにハードボイルド気取りな態度、間違いない、彼女は今日僕が見た人そのものだった。
「えっ?天空寺さんは探偵ですが。まさか炊樫さん、天空寺さんに会ったことあるんですか?」
「まあな。今日放課後の学校に来てたからな」
「えぇ!?」
『それでは天空寺さん。最近とある学校を調査しているとか?』
番組ではインタビューが始まっていた。
『えぇ、集団催眠から男子生徒の殺害事件。更に今年になってから貧血者が増えたとの情報も入手しました。これは何者かが犯行をしていると、私は思いますね』
『つまり犯人は、同一犯なのでしょうか?』
『そうですね。恐らくは、その可能性が高いと思います。犯人はその学園内の生徒、あるいは教師と思いますね。集団催眠の事件では教師が一人死亡していますし、可能性としては生徒が強いですね』
『それは、何故ですか?』
『もし同僚なら、生徒全員を集団催眠なんか起こす必要はないからです。男の教師ならば、特定の女子生徒をターゲットにするのがセオリー。現に殺された教師から一部の生徒からアリバイも取れましたからね。つまり、犯人は生徒のイタズラ、いやそんな言葉で片付けてはなりませんけども。何か狙いがあって起こしたよりも、何となくな犯行の線が強いと思いますね』
鋭い推理、僕は内心ながら彼女の存在に焦りを感じる。
推理の方向性はとにかくとし、犯行像は確かに当たっている。
これはあまり、しばらく下手な動きはしない方が身のためのようだった。
「流石天空寺さん、痺れる推理!」




