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遊夢編03

それから数日のことだった。


僕と星井がデートするがやって来た。


僕としては不本意だが、口から出任せとはこのことだった。


僕は普段より少しだけラフな格好とバイト代の一部を財布に入れ、必要最低限の心構えでいた。


あの悪魔も「デート?ふーん、誰が相手かは知らないけど女に恥をかかすのだけは止めなよね」と何故か念を押された。


だから僕は10分前には約束の公園へと来ていた。


「やりと遅いな」


僕が1人ボヤいていると、走ってくる足音に気づいた。


「ごめん、待った?」


「少しだけな」


よく聞くカップルのやり取りに僕は堂々と答えた。


「死ぬほどじゃないでしょ?それより、どう、かな?」


「はっ?」


「今日はツインテールじゃないの……だからその」 


恥ずかし目にいう彼女に僕は率直に答えた。 


「そっちのが大人っぽいな」  


「へへ、ありがと。でも明日からはまたツインテールにするの。私のアイデンティティーだからね!」


そして相変わらず彼女はあの拉致事件から僕の知る彼女ではなかった。 


星井は僕の想像していたより優しくて元気だった。


イジメをしていたのが嘘のように。でも僕は彼女に惹かれることはなかった。


そんな気持ちになったら、僕は僕でなくなる。


あくまで一年間を無事に過ごすことだけを考えればいいのだから。


彼女に連れられて10分ほど、僕たちはクレープ屋へとやって来た。


「ここのクレープ今日半額でね!しかも見た目が映えるのよ!」


「あぁ、よく聞くインスコ映えってやつか」


「あんたもスマホ買えばいいのに」


「……親父がうるさいから」


「えっ?」


「なんでもないよ。クレープ、さっさと買いなよ」


僕の親父は絵に描いたようなビジネスマンだ。


故に経済的に必要のない物を持たせてくれたことはない。


きっと勝手にスマホを買っても一年後には没収されて捨てられるに違いない。


僕にとってのそれは当たり前の家庭内容であり、日常だった。


テストの時もそうだ。学年平均より下を採ることは許されない。


常に上位をキープしなければ、僕に居場所なんてなかっただろう。


「……よかったぁ、バニーバニラクレープ、これが映えるのよねぇ」


名前の通りバニラの形がウサギであるものが、クレープの頭に付いていた。


確かに可愛らしいと僕も少し目を奪われた。


「写真写真♪」


重ねて数枚ほどシャッター音が鳴る。


「それじゃ、食べよっか」


「召し上がれ」


彼女は笑顔を溢しながらクレープを食べた。


まさに至福の瞬間というやつだった。


笑みを崩さぬまま、貪るように食べていた彼女の手が止まった。


「あんたにも一口」


「いや、俺はいいよ」


「デート、なんだから。ほら」 


僕は言われるがままに大きくかぶり付いた。


とても甘く、蜂蜜のような甘い香りが口一杯に広がった。 


「美味しいな、これ」

  

「間接きちゅ……」


「?なんだキモい顔して」


「……なんでもないわよ、ばか」


彼女は辱しめるような赤い顔を浮かべていたが、僕は彼女が何を恥ずかしがっていたか分からぬままだった。


僕はクレープの甘さを残しながら、彼女が食べ終わるのを待っていた。


そこへまた、あの淫乱少女が現れた。


「また会うなんて、偶然かな?運命かな?」 


「亜熊、どうして?」


僕は極度な緊張してしまった。


ここ最近彼女が気になってしまう。


いつもと変わらぬ白いワイシャツ、そして今日はチェックのミニスカートだった。


彼女はいつも着崩しの格好しかしないようだ。


「お前までインスコ?」


「まあね。てかもう買ってアップもしたんだけどね。クレープ余っちゃって」


「女の子は別腹なんだろ?」


「うーん、そう聞くけど私はそれとは別腹かな?」


「なんじゃそりゃ」


「ま、とにかくさ、勿体ないから食べてよ」


彼女は距離を縮めてきた。


僕は抵抗出来ぬままその場を動くことが出来なかった。


そのまま腕を捕まれ豊満な胸が当たり、僕は目線を剃らしたくても彼女の全体はイヤらしく、どこを向いていいのか分からなかった。


甘い匂いが鼻に入り、僕の頭はパンデミックした。



そのまま口を開けようとしたーーそこへーー


「ふむぅ!」


「なっ!」


亜熊が驚きを見せる。


僕は我に帰り、目の前のクレープが消えていることを確認した。


そしてそれは星井が完食していた。


「はぁ、美味」


「星井」


僕が彼女の名前を呼ぶ頃には、亜熊が凶変し、星井の胸元を掴んでいた。


「テメェッ!何しやがるんだゴラァッ!」


「ごめんね転校生。タカタカは私とデートしてるからさ。さっきから黙って見ていりゃアザトイことしちゃってさ。ほんとキモい。どうせ他の男にも同じことしてるんでしょ?」


「殺してやる。高橋に捧げるつもりのクレープ食いやがったことを後悔させてやるよ……」


僕はその状況に冷静に対処すべく、間に入った。


「星井のしたことはオレが謝る。悪かった。それにクレープは余してたんじゃなかったのか?お前、もしかして俺の後を付けてた、とかか?」


「それは……」


「高橋に捧げるつもり、とか言うたじゃん?墓穴よ墓穴」


僕の弁解に星井が煽りを入れる。やめろよほんと。


亜熊は星井の掴んでいた服を放し、背中を向けた。


「ふ、ふん!今日のところは帰るわ。それよりも月曜日、ちゃんと学校に来てよね?」


重い声のまま、亜熊は去った。


僕はひとまず胸を撫で下ろし、星井に感謝をした。 


「助かった。仮が出来ちまったな」


「いいよ別に。デートの最中に虫が寄ってきたことにイライラしただけよ」


「まあ、ありがとよ」


「い、いいってば。それより次に回ろう!私とのデートは24時間有効なんだから!」



その日、僕の夜遅くまで付き合わされた。


久しぶりに昔に戻ったみたいだった。


父さんがまだ優しかった頃みたいに。


それを星井が思い出させてくれた。


ありがとう星井。


星井、月曜日に君が……


君にあんなことが起こるなら……僕は……


出会った日から亜熊に『心』を奪われんじゃなかった。


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