罪の自覚
黒のゴーレスが襲ってきてから2日が経った。
村の瓦礫撤去は人の手である程度は進められている。小さい瓦礫はもちろん、少し大きめの瓦礫も切り崩すなどして撤去を行なっていた。
「おい!こっちに布を持ってきてくれ!」
「……これで、何体目だ。くそ!」
当然ながらそうしていると瓦礫に下敷きになっていた人を見つけることができる。
なんとか生きている者もいた。しかし物言わぬ骸と成り果てている物の方が圧倒的に多かった。
シチナ村の人口は約5,000人。
そのうちの約500人が行方不明となっている。おそらくまだまだ死体は増えることだろう。
布を巻かれ運ばれる死体を一騎は見送り続けた。
最初の方こそは目を晒そうとしていたが出来なかった。出来るわけがなかった。
戦闘中は足元に建物があることなど全く考慮していなかった。
だから平気で踏み潰し、蹴り飛ばし、轢き潰した。
(この人たちは俺が殺したも同然だ……)
もっと上手く戦えていれば、せめて戦闘エリアを住宅街から遠ざけていればまだマシだっただろう。
その後悔が一騎の首を絞め続け、視線を腐敗が始まった死体たちへと縛り付けている。
「お前が殺した」
転がる死体たちが、運ばれる物言わぬ者たちがそう言っているように彼には感じとれた。
「カズキくん……ちょっといいか?」
声をかけてきたのはベッチだ。
彼は一騎が旅をしているということを全面的に信じてくれているらしくかなり良くしてもらっている。
例えば彼が今着ているこの世界の服は彼から譲り受けたものだ。
「何ですか?」
「付いて、きてくれ。見せたい……見せなきゃ、いけないものがある」
一騎はそれを聞き目を見開いた。
嫌な確信があった。しかしかといってそれを拒否することはできない。
特に一騎はそんなことなどできるわけがなかった。
◇◇◇
ベッチの後をついていくとある民家の瓦礫の山に着いた。すでに見慣れてしまった物だ。
「あ、ああ……」
そしてそこに男女一組の死体があった。死体自体もいつの間にか見慣れてしまった。
それは運良く体のパーツが欠けてはいなかったが一部は潰され、内臓のような物が飛び出している。
腐敗が少し始まってはいたがまだそれが誰かぐらいの認識はできる。
しかし、その死体の顔はあまりにも見慣れてしまっていたものだった。
「あ、ああ……あああ!!!!」
一騎はそれを見て膝を崩し、頭を抑えて声をあげた。
認めたくなかった。
その並んだ2つの死体。それがガエリスとファリスのものだ。などという事を。
認めたくなかった。
彼らが見つかった建物。ベッチに指差されたそれは黒のゴーレスの攻撃から逃れるために一騎自身が轢き潰していた建物の1つなどという事を。
「俺は……俺は」
(なんで、どうして!!)
この2人は正真正銘、間違いなく、一騎が自分の手で、行なった行動で殺したのだ。
「落ち着いたら彼女たちを呼んでこい。いいな?」
ベッチは言うとゆっくりと一騎の隣に立つと言った。
「……彼女たちにも別れの言葉を言わせてやれ」
それ以上のことは何も言わず、一騎の頭を撫でると別の場所の瓦礫撤去に向かった。
(俺は……俺は、一体……何をしたんだ)
◇◇◇
彼が落ち着いたのは10分後だった。いや、落ち着いた、というよりは感情を押さえつけたと言った方が正しい。
エレナとエリサは割り当てられたテントにいた。
「エレナさん、エリサちゃん……。少し、着いてきてくれないか?」
「どうしたの?お兄ちゃん?」
「いいから……エレナさんも」
「……わかりました」
神妙な面持ちの一騎に彼女たちは多くのことを聞かずに彼の後ろをついて行く。
そして、一騎は彼女たちをガエリスとファリスのところへと連れてきた。
最初彼女たちは驚いたように、現実を理解できないらしく言葉が出ないでいた。
だが、それはほんの数秒で終わった。
「うっ、うう……」
「う、そ……でしょ?」
わかっていた事だ。予感していた事だ。こうなる事など、知っていたのだ。
膝をつき目に涙を浮かべているエレナとエリサの後ろで一騎は両手を握りしめ、奥歯を噛み締める。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」
「……っく。ねぇ、カズキさん。どうして、こうなっちゃったのかな?」
抱きつくエリサの頭を優しく撫でながらエレナは一騎に問う。
一騎を見る彼女のその表情は笑顔だった。
それは彼が見たかったものだ。しかし、彼女の目に浮かぶそれは絶対に見たくないものだった。
笑顔を浮かべるエレナの目には涙が浮かんでいた。その涙はゆっくりと頬を伝い、地面を濡らす。
そんな顔は見たくなかった。
本当に見たかったのはこんな笑顔ではない。決してこんな強がりで涙をこぼしながら無理やり浮かべた笑顔なんかではない。
「ごめん、なさい……」
だから、そうやって謝るしかなかった。
本当は彼女たちの笑顔が見たくてあのゴーレスを使った。
彼女たちが恐怖に震えないように、そうするために乗って戦ったのだ。
しかし、結果はこれだ。
彼女たちにできた事など何もない。ただ、奪っただけだ。
2人から両親を、日常を、笑顔を。
唯一得られたもの。強いて言うならそれは彼女たちの涙だ。
力があれば守れると思った。
自分に力があれば、彼女たちの震えを今すぐにでも止めやれるのに、とそう思って力を欲した。
自分に力があれば、村を襲ってきたあの黒いロボットを倒せると思った。
しかし、結局のところ力があっても自分は何もできず、ただ壊すだけだった。
それはあの黒いロボットとやったことは何も変わらないのではないだろうか。
むしろ無意識に殺してしまった分よほどタチが悪いのではないだろうか。
(俺が見たかったものは……!!)
一騎は浮かぶ涙をこらえながら、声は震わせながらただ謝るしかなかった。
「……本当に、ごめん、なさい」
彼には今の2人にかけるそれ以外の言葉など知らなかった。
––––こうして彼は罪を背負うことになった。