力の結果
『オツカレサマ。リンカー』
それは戦闘が終わって少しして一騎の視界に現れた文字だ。
言葉の意味自体はわかる。しかし何故これが急に出てきたのかがよくわからない。
なんだこれ?と疑問の声を上げる間も無く気がつけば地面に立っていた。
シートの後ろにいたはずのエレナ、エリサは同じように一騎の隣にいる。
ふと振り返りながら見上げた先には灰色のゴーレスが立っていた。
それを見ていると上空に円形の魔法陣のような物が現れた。
その魔法陣から伸びた黄色の鎖に灰色のゴーレスは四肢と体を捕まれるとゆっくりと浮かび上がり、その陣の中に消えていった。
「なんか……理解が追いつかない」
一騎は突然の展開の嵐に辟易したように呟き周りを見回した。そしてすぐに息を飲んだ。
月明かりで細かいところまではっきりと見えなくとも村が悲惨な姿となっているのははっきりとわかった。
瓦礫が至る所にあり、炎が上がっている場所も数カ所ある。
そんな悲惨な有様を見て驚くな、と言う方が無理な話だ。
「こんな……酷い」
エレナは目を潤ませ口に手を添え、エリサはぺたんと地面に座り込んでいて何も言わない。
「……少し辺りを見てくる。ここで待っててくれ」
◇◇◇
エレナとエリサから別れて村を探索していたが周りはどこも酷い有様だった。
家々や賑やかだった大通りのようなところも崩れ、小火がいたるところに残っている。
先ほどの戦闘で生まれたのだろう、地面にもクレーターや逆に盛り上がっている箇所も多い。
悲惨というに値する情景。しかし夕方のオレンジ色の光が照らすその景色はどこか美しくもあった。
(これ、全部直すのにどれくらいかかるんだ……)
どうやら村人たちは避難できていたらしく死体が見えていないのは幸いと言えた。
だが、と一騎は両手を握りしめ、瓦礫となった村の元建物群を睨む。
(俺が……もっと上手く戦えていれば)
この被害の元凶は確かに謎の黒のゴーレスであることは間違いない。
だが、被害を拡大させた原因は灰色のゴーレスを駆っていた一騎にもある。
人は確かに死んではいないのだろう。だが、村には決して少なくない被害が出ている。復興までにどれほどの時間と金と労力がかかるのか想像もできない。
一騎は奥歯を噛み締め両手に視線を下す。その手を握りしめた。と、そこで気がついた。
「なんだこれ?」
手首に不自然なあざのようなものがあった。
こんなものを付けるようなことをした覚えがない。いつ付いたのか。記憶を巡るがやはり覚えがない。
(……まぁ、気がつかないうちに付いたんだろ)
そう思い早々にあざのことを忘れると一騎はエレナ、エリサのところへと戻った。
◇◇◇
「あ、一騎さん」
「少なくとも怪我をしてる人は見つけられなかった……たぶんどこかに逃げたんだと思う」
「そう、ですか……」
「お母さんとお父さん……大丈夫かな?」
心配そうに呟くエリサと視線の高さを合わせるようにしゃがむとその頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。きっと逃げられたわ」
(もっと……上手く、俺が……)
と、周りを見ましているなかそれが目に入った。
自分はつい先ほどまでここに居た。だからここにアレがあるのは当然でそして、戦火に飲まれたのならばそうなるのもまた必定。
「どうしたの?って、あれ」
「……ッ!」
それはガエリスの、エレナやエリサも住んで居た家だ。
暖かい日常があったであろうその家は無残な姿となり彼らの前に存在していた。
「お父さんとお母さん……大丈夫、だよね?」
エリサが不安そうにエレナの服の袖を引きながらもう一度聞く。
エレナはそれにどうにか笑顔を取り繕い答えた。
「大丈夫!大丈夫よ!ね?一騎さんもそう思いますよね?」
一騎へと縋るように涙目で問いかけてくるエレナに彼はゆっくりと頷いた。
「あ、ああ、大丈夫だよ……うん。大、丈夫だよ」
それに確証などどこにもない。そうに違いない。
いや、そうであって欲しい。そう思ったから返しただけだ。
黒のゴーレスは突然現れた。
そんな状況で村人全員が脱出することが出来ていないと言う確信に近い予想がある。
混乱の中で逃げ遅れ、瓦礫の下敷きになっている者がいるはずだ。
そして、そんな者の中にガエリスとファリスが居ないなど言い切れるわけがない。
気休め程度の言葉だ。
しかし、それでも2人から言われて安心したのかエリサは小さく頷いた。
「おい!!」
そうしていると男性の声が聞こえた。
一騎はもちろんのこと距離があるためエレナとエリサもそれが誰なのかわからない。
目を細めて誰かを捉えようとしていたが先に誰かを判断できたのはその男性の方だった。
「エレナ!エリサ!!」
「ベッチ……さん?」
「おじさん!」
エレナが名前を呼び、エリサが言いながらその男性へと駆け寄る。
ベッチと呼ばれたその男性もエリサの方へと走り寄るとその体を抱きしめた。
「よかった。お前たちだけでも無事で」
安心したように呟いたベッチに即座に反応したのはエリサだ。
「お前たち、だけ?お父さんとお母さんは?」
その問いにベッチはしまったと言いたげな表情を浮かべたがすぐにそれを隠すと言った。
「まだ混乱していてな。誰かどこにいるのかわからないんだ……でも、大丈夫だ」
そこまで言うと彼は視線を一騎へと向けた。その顔は訝しむような顔をしている。
「それで、君は一体……」
見慣れない顔、しかも明らかにこの世界ではない服装を見てしまえばそのような顔を浮かべるのは当然だろう。
それにどう答えようかと思考する。
正直に言ってしまいたいが信じてもらえるわけがない。自分ですら信じられていない状況を誰かに信じて貰うように話すなど不可能に近い。
しかし、一騎の懸念を知らないベッチはもう一度聞こうとしたところでエレナが割り込んで答えた。
「か、カズキさんは旅の方でたまたまこの村に立ち寄ったそうなんですよ。私もエリサもこの方に助けて頂けたんです」
「……なるほど。災難だったな。君も。だが、ありがとう」
「い、いえ……そんな……」
「とりあえず付いてきてくれ。みんなで集まっている場所がある。他のみんなも集まっているはずだからもしかしたらガエリスとファリスもそこにいるかも知れん」
エレナとエリサは安心したように笑顔を浮かべたが一騎は素直にそうすることはできなかった。
彼の中ではある予感が組み上がりかけている。いや、すでに組み上がってはいるが一騎自身が理解することを拒み続けていた。
(……大丈夫、大丈夫、大丈夫)
暗示をかけるように何度も大丈夫を心の中で繰り返す。
しかし、その大丈夫には「きっと」という言葉があり、「おそらく」という言葉があり、「そうであってほしい」という言葉がある。
「カズキさん?どうかしましたか?」
「お兄ちゃん?やっぱりどこかけがとか?」
「ッッッ!!?」
急に肩を叩かれながら言われ一騎はバッと後ろを振り向いた。
そこに居たのはエレナとエリサ。ベッチもその後ろで一騎を心配そうな顔で見ている、
「い、いや。だ、大丈夫だ」
あれだけ戸惑いを露わにしておきながらよく言える。
心の中でそう自分を罵倒する。
「大丈夫、だ……」
彼にはそうやって作り笑いを貼り付けるのが精一杯だった。
◇◇◇
それから約1時間。ようやく最低限の安全を確保した彼らは改めて村の有り様を眺めて顔を歪めていた。
ひとまず被害がなかった家に女性と子供を優先して過ごさる事だけは決定。その他のことは日が明けてから細かい被害を確認してから決めることにした。
また、副都という場所へ早馬を使っての知らせも出た。彼ら曰く、その副都から物資やゴーレスが来るのは早くても4日後とのこと。
それまでは人の手で動かせる瓦礫を撤去し続けることになる。
灰色のゴーレスがあれば楽に進められたのだがどこに行ったのかもわからないためそんなことはできない。
結局のところ一騎ができたことなど一部の人間を守る程度の事だけだったのだ。




