初戦
一騎は変わった外の景色と目の前にいたものを見て息を飲んだ。
村にあった家は無残にも破壊され、所々で火事が起きている。地面にはクレーターもできていた。
そして、火事の炎と月明かりが黒いゴーレスと呼ばれたロボットを照らし出している。
突然起きた振動が止んだことを怪しみ、エレナは一騎に半信半疑で聞いた。
「か、一騎さん。もしかして今?」
「ああ、動かしてる。ついでに言うと目の前にやつがいる」
「やつ……ってまさか!」
「嘘……」
2機のゴーレスが睨みを効かせる中、先に動いたのは黒のゴーレスだった。
ゆっくりと両手のひらを一騎が駆る灰色のゴーレスへと向ける。
「ッッ!!?」
一騎は直感に従い咄嗟に自機をしゃがませる。
瞬間、先ほどまで頭と体があった場所を2発の炎弾が通り過ぎた。
通り過ぎたそれは丘に着弾し、爆発。
「くぉっ、のぉ!!」
その爆風を受けながらしゃがんだ姿勢から弾かれるように黒のゴーレスに向かい走り出し、その勢いのまま強烈なタックル。
わずかに姿勢を崩した黒いゴーレスへ間髪入れず右拳で頭部を殴りつけた。
追撃は続き、今度は左足でのフロントキックで蹴飛ばす。
開いた距離を生かし助走を付けた右足のフロントキックでさらに蹴飛ばした。
「ちょっ、ちょっと!どうなってるの?」
「お、お兄ちゃん!?」
一騎には外の景色が鮮明に写っている。
しかし、それは一騎だけだ。
エレナ、エリサには操縦席の壁や天井が見えているだけで外の様子など一切見えていない。
そんななか断続的に聞こえる音や振動に不安を抱くのは当然だろう。
「ごめん!今は、我慢して!」
一騎にはそんな2人を安心させるような言葉をかけられるほどの余裕は既にない。
ただ目の前にいる黒のゴーレスを我武者羅に両拳で殴り、両足で蹴り続ける。それだけで彼は手一杯になっていた。
一方の黒のゴーレスはそれを受け、なにをしようともせずにただその攻撃を受け続けているだけだ。
反撃をする様子も、回避をする様子も、防ごうとする様子も見せていない。
(いける!この調子で––––––)
一騎はそれが手も足も出ていない。彼からはそう見えていた黒のゴーレスに勝利を見出していた。
そして、その誤った認識が大きな隙となった。
大振りな右ストレートを振り下ろそうと構えたところでそれは両手を一騎へと向ける。
その手のひらが発光を始めたのはそれからすぐだった。
(しまっ––––––)
一騎は直感を感じ慌てて腕をクロス字に構え、すぐ訪れるであろう攻撃を防ごうとした。
だが、当然ながら攻撃途中の状態だったため、それが間に合うこともなく放たれた炎弾はボディに命中。
それと同時に搭乗席は激しい衝撃に襲われ、3人は悲鳴をあげた。
それを響かせながら一騎のゴーレスは村の民家に背中から倒れ込んだ。
「きゃっ!?」
「エリサ!」
「くっ、大丈夫か?2人とも」
言いながら後ろを向こうとしたがそんなことは黒のゴーレスが許すわけもなく再び両手のひらが灰色のゴーレスへと向けられる。
「くっ!!」
一騎は発光する4本足のゴーレスの手のひらを見ると、咄嗟に両方のフットペダルを踏み込んだ。
◇◇◇
「あいつらは……大丈夫か?」
「わからない」
人並みに巻き込まれたガエリスとファリスはどうにか合流できていたがエレナとエリサ、突然の客人であった一騎と離れ離れになっていた。
現在は他の者たち数名とどうにか建物の陰に身を潜めていたがそんな彼らへと激しい振動が襲いかかる。
「いつの間にかあいつらが近くまで来てたようだな」
「ええ、そうね。私たちも隙を見てもっと遠くに逃げたほうがよさそう」
突如として現れたもう一機のゴーレスが襲撃してきたゴーレスと戦っているが状況が芳しくないのは彼らから見てもわかった。
そろそろここを離れなければ自分たちの身が危ない。
隙を見て動こうと立ち上がった時だった。
「え?」
「な––––」
彼らの目の前に巨大な塊が迫ってきた。
ガエリスとファリスの脳裏に浮かんだのは2人の娘が仲睦まじく微笑んでいる姿。
それが轢き潰されるように2人もまたそこにいた村人たちと共に迫り来る瓦礫の山に飲み込まれた。
◇◇◇
一騎のとっさの操作に従い、灰色のゴーレスは背中とふくらはぎのスラスターから空気を勢いよく吐き出し始めた。
立ち上がる暇もないため仰向けのまま背後の村の家々を轢き潰しながら回避。
しかしそれのおかげで炎弾は灰色のゴーレスの両足スレスレのところに着弾、爆発を起こした。
炎弾を回避すると素早く立ち上がる。
その回避行動のおかげで黒のゴーレスとの距離は空いてしまった。だが問題はそこだけではない。
「はぁっ……はぁっ……」
たったこれだけの動作をさせただけで一騎は既に息が上がり、頬を汗が伝っていた。
危なかった。そうつぶやく気力と余裕すら彼にはもうすでにない。
それを察しているのかエレナ、エリサはなにも言わずシートにしがみついている。彼からは2人の顔は見えていないが2人ともが心配そうに一騎を見つめていた。
(くそ!なにか!何か武器はないのかよ!こいつ!!)
武器を出す方法がわからない。そもそもこのゴーレスとらやに武器があるのかを調べることすら彼には出来ない。
もし武器がないとすれば再び近づき格闘戦を仕掛けるしかない。
だが、今までの攻撃は全てまともに効いている様子ではない。でなければあそこまでピンピンしているわけがない。
(ふざ、けるなよ……!)
一騎は目前に立つ黒のゴーレスを睨みつけレバーを強く握りしめる。
せっかくどうにかできる力を手に入れることができたのだ。
なのに、結局のところはなにも出来ていない。
「貴様は無力だ」
実際に誰かにそう言われたわけではない。ただなんとなく目の前のゴーレスからそう言われていたような気がした。
「ふざ、けるなぁあああッッ!!!」
叫びながらゴーレスを走らせる。自分の後ろにいる者たちも気にせずに。
黒のゴーレスは余裕なことを見せつけるかのように応戦しようとしていない。防御姿勢すらも取っていなかった。
一騎によりフットペダルを強く踏み込まれ、スラスターを吹かし、灰色のゴーレスは高くジャンプ。
降下しながら右足を突き出したジャンプ蹴り。
しかしその攻撃はあっさりと回避され地面を抉るだけに終わった。
わずかに動きが鈍ったところに放たれる2発の炎弾。
1発は半身を逸らすことで回避に成功したがもう1発は左肩に命中。左肩のアーマーが吹き飛び操縦席をその衝撃で揺らす。
倒れそうになったがギリギリのところで踏ん張り姿勢を立て直した。
明らかに弄ばれている。
その証拠に相手は一度も先制してこない。必ず一騎が行動を起こした後に反撃を与えるだけだ。
まるで「貴様の攻撃など見切れる」と言われているようだった。
拳を振るう。しかしその攻撃は容易にかわされる。
蹴りを繰り出す。しかしその攻撃は容易に防がれる。
そして繰り出されるカウンターの炎弾。もはや一騎はそれをまともにかわすことすら難しくなっていた。
だが、それでも一騎は攻撃を続ける。
「くそ!くそ!くそぉ!!」
溜まりに溜まった恐怖と責任感が爆発し、空回りしていることを彼は自覚できていない。
我武者羅に振るわれた右の拳が受け止められた。
「ッッ!?」
空いている左手は灰色のゴーレスの脇腹にそっと当てられる。そしてすぐさま両方の手のひらから炎弾が放たれる。
ゼロ距離からの攻撃をかわすことなどできるわけもなく掴まれていた拳が吹き飛ばされ、左の脇腹の部分は大きくえぐられた。
「きゃあ!!」
「ッッ!」
ボロボロになった灰色のゴーレスが衝撃で吹き飛ばされる。倒れることはなかったがすでに戦闘を続けることが困難な状況だ。
「はぁ、はぁ。ま……だ!」
しかしそれでも一騎は4本足のゴーレスへと迫ろうとする。彼の頭の中にはすでに恐怖や恐れといった感情はない。
だが同時に冷静さまで完全に失っていた。
「カズキさん!」
そんな時、名前を呼ばれた。
その声がした方を見れば2人の少女がいた。どちらも目に涙を浮かべ自分を見ている。
「あ……」
(俺はなにを……)
エレナとエリサの声でようやく我に帰ることができた。
それとほぼ同時に4本足のゴーレスが再びゼロ距離から炎弾を放とうと迫る。次の攻撃で勝負を決めるようだ。
「ぁぁぁあああッッ!!!」
叫び拳を放つ。
それが黒のゴーレスの頭部に命中する寸前、黄色い光を放った。
光をまとったその拳の一撃は今までとは比較にならない力だった。
殴った一騎の手応えが今までよりもずっと強い。
そして、どうやらその手応えは間違いではなかったらしく4本足のゴーレスは地面を削りながら後ろに吹き飛ばされていた。
威力はそれ以外にも4本足のゴーレスの頭部を見ればわかる。装甲の一部ががえぐれ凹んでいた。
(なんだ?今の……)
右拳を見るがそこは最初に見た通りの黒い手甲を持つゴーレスの手が写っていた。
強烈な一撃を受けた4本足のゴーレスは憎らしそうに拳を作るとゆっくりと姿を薄くさせ最終的に消えた。
一騎はどうなったのか理解できず呆然としているなか、揺れと衝撃が止んだことでエレナ、エリサは戦闘が終わったことを悟り一騎に声をかける。
「カズ、キさん?」
「終わった、の……?」
「……ああ、たぶん大丈夫。あいつはどこかに行った」
エレナとエリサは安心したように笑顔を浮かべたが一騎はどうにも府に落ちないでいた。
あそこで下がる必要性があるのか?
戦闘能力で言えば明らかに黒のゴーレスの方が高かった。あのまま戦闘を続けていれば確実に自分たちが死んでいた。
それは向こうもわかっていたはず。なのに下がった。
「終わった……んだ」
見逃された。例えそうだとしてもとしても今現在自分が、そして彼女たちが生きているのは確かだ。
この時の一騎はそう思い、燃える村の中で安心するように息を吐いた。