起動
その揺れと音は長くは続かなかった。ほんの数秒程度の時間だ。
しかし、その揺れは普通ではまず感じない揺れ。そして音は何か重い物が落ちて来たような音。
「い、今の揺れって一体?」
一騎は呟いたがそれは他の者たちも思っている疑問だ。
ガエリスは少し混乱していながらも椅子から立ち上がるとすぐに玄関の扉を開けて彼らに促す。
「とにかく、一度外に出よう。この程度では崩れはせんが念のためだ」
ガエリスの言葉に彼らは頷いて外に出た。
外に出ると他の者たちも出てきたり、窓から上半身を乗り出して周りの様子を伺っている。
月明かりと家からの光だけが彼らのいる住宅街を照らしている。
それに照らせているのはそんな家や人だけではなかった。
「あれ……なんだ?」
一騎が見つけたのは不思議な存在だった。
全長10メートルほどで6本足の蜘蛛のような下半身に人間の上半身をくっつけており、その頭部は赤い光が不規則に並んでいる。
色はマットな黒でそれ故に夜に紛れているせいではっきりとした形は確認できないがそれだけは確認することができた。
「ロボット……?」
それは一騎がいた世界ではアニメや漫画、ゲームでは時々現れるロボットのように見えた。
しかし、そんな一騎の言葉にエレナが首を傾げる。
「ろぼっと……?ゴーレスじゃないの?」
「ご、ゴーレ……なに?」
聞きなれない単語に一騎が聞き返したところで同じようにそれを見上げていた1人が指差しながら叫んだ。
「お、おい!あれ!!」
再び一騎がそのゴーレスを見上げた頃には両腕を伸ばし、手のひらをどこかへと向けていた。
疑問が声と態度に出る直前のことだった。
そのゴーレスと呼ばれたそれの手が光ったかと思うと炎のような何かがそれから放たれた。
それは村近くの平原の方へと向かい、それが着弾した瞬間、爆発。爆風が家々と外へと飛び出した人たちを撫でる。
ゴーレスは次に一騎たちへと視線を下ろした。
不規則に並ぶ赤い不気味な目。それが一騎たちを見下ろす。
「逃げろお!!!」
「きゃあああ!!」
それらが耳に届いたのはすぐのことだった。
それらの声が響くのと同時に人々が一斉に走り出す。
どこへ逃げるのか。そんなことを考えている人などおそらくほとんどいない。
ただ、遠くへ逃げる。それだけが彼らを動かしている。
その人の波に一騎は巻き込まれた。
どこへ向かっているかもわからぬまま一騎は転けないようにその人の波に乗って走り出した。
「カズキさん!」
その声が聞こえた方を向くとエレナが人の波から少し外れた場所から手を振っていた。
彼女の隣にはエリサもいる。
一騎はその2人を確認すると人の波を半ば強引に裂きながらその場に辿り着いた。
膝に手をつき肩で息をする一騎の手をエレナは掴み引き上げる。
「速く、ここよりも山の方に逃げた方がいいですから!」
「で、でも他のみん––––」
一騎が全てを言い切る前に彼の後ろの方で爆発が起きた。
おそらく先ほどのゴーレスが放ったものだろう。
「速く!!」
有無を言わさぬ形相に一騎は頷くしかなかった。
◇◇◇
エレナが言った山は村から走って10分ほどの距離にあった。
山というよりもそれは丘に近い。そこには林が広がり人が歩いてできたのだろう道もある。
ここではよく動物が生息する場所らしく、植林場も兼ねているのがこの丘らしい。
その林に入り約3分。その先には洞窟があった。
「私が先に入ります。エリサの後ろをカズキさん。頼めますか?」
2人はこくりと頷きエリサの後に続いて洞窟へと入っていた。
中は2メートルほどの高さがあり横幅も人が2人余裕で通れるほどの広さがある。
しかし、松明といった明かりはなく足場も良いとは言えない。
度々躓きながらも奥へと進んだ。
5分ほどでその洞窟の行き止まり、広い場所に出た。
そこに着くとエレナは深く息を吐きながら壁に背をつけて腰を下ろした。
そんな彼女へとエリサが駆け寄り抱きつく。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫。大丈夫だから……ね?」
エレナは左腕でエリサの体を抱き寄せ、頭を撫でながら言った。
妹を安心させるように姉としての役割を彼女は全力で果たそうとしてる。
だが、彼女も怖いのだ。その手と声は一騎にもわかるほど震えている。
それを見て一騎が奥歯を噛み締めているとエレナが言った。
「カズキさんも……座ってください。朝までここで待ちます。それで、騒ぎが収まるとは思えませんけど」
エレナは自信なさげに微笑だ。
「あ、ああ……」
一騎は彼女の隣、少し間を開けて座る。
(くそッ!)
そして、自分の無力さに顔を歪ませた。
自分はこの状況で何ができた?
何もできなかった。ただ状況に流され、エレナの指示に従うしかなかった。それしかできなかった。
そもそもこの状況はなんだ?
突然知らない場所に来たかと思うと謎のロボットのような物に襲われる。
現実離れにもほどがある状況だ。
その現場に混乱し苛立ち、悔しさで拳に力が入る。
(別に勇者になりたいわけでも、英雄になりたいわじゃない。俺は、俺はただ!!)
しかし、どれほど混乱していても思うことは一つだった。
震える彼女たちを助けたい––––。
その時だった。後ろに体重を預けていたはずの壁が唐突に消えた。
「へ?」
突然のそれに反応できるわけもなくそのまま一騎は後ろに倒れた。
後頭部を打つ前にギリギリのところでなんとか先に背をつけることに成功したが軽い痛みが背を打ち声をあげた。
「いった!……って!?」
一騎はすぐに起き上がり振り向く。そして、それを見て目を見開いた。
「これって……」
彼の視線の先にあったのは椅子が一つに横向きのレバーが2つ、フットペダルと思われるものも2つある空間だった。
「何かの、操縦席?」
一騎は一瞬躊躇ったが中に入りシートに座り、周りを見回す。そうする一騎に習うようにエレナとエリサも中に入りシートの後ろに回った。
「これ、か?」
一騎がレバーを握った瞬間、操縦席への出入り口が閉じられた。
「えっ!?か、カズキさん!?」
「う、動かせる、の?」
その操作を一騎がしたと判断した2人は詰め寄るが彼は首を横に振り否定を表した。
「わ、わからない。たぶん勝手になったんだと思う……」
(にしてもどうやればこいつは動くんだ?)
起動のための何かしらのスイッチを探して辺りを見回すがそれらしいものはない。
「エレナさん、エリサちゃん。何かスイッチみたいなのはない?」
一騎の問いかけでエレナ、エリサもその操縦席に入り床や天井、壁やシートの裏を見るがやはりスイッチのようなものは見られない。
(何かできるんじゃないのか?こいつは……なにか!)
一騎は苛立ちをぶつけるようにレバーを前へ押した。レバーは軽い調子で一番奥まで行くとカチッ、と音がして勝手に基部から90度回転、縦向きになった。
その突然の動きに首を傾げていたがシートに固定するかのように足首、手首に突如枷のようなものが取り付けられた。
「え?なに、これ?」
「なにしたんですか?」
「い、いや。俺は––––––」
一騎が全てを言い切る前に首輪のようなものが取り付けられた。
「がッッッ!!?」
かと思えば首に何かが刺ささるような異物感と鋭い激痛が全身を走る。
一騎に訪れた異変を感じエレナ、エリサは肩に揺さぶる。
「カズキさん!?カズキさん!!」
「どうしたんですか!?」
エレナとエリサの呼びかけに「大丈夫」と答えたかった。が、それは頭に一方的に流れ込んでくる情報の波により防がれる。
無数の見たことがない言語とどこか見覚えのある言語が視界中で舞い踊りながら広がる。
それがしばらくするとピタッと止まり文字の乱舞は終わった。
そして今度はその言語群が次々と消え、最終的に残ったものはシンプルな一文のみだった。
一騎は絶え絶えになった息を整えながらその一文を読む。
「……アファメント、リンク?」
その言葉に呼応するように今度はバチッという軽い痛みと共に視界がクリアになった。
といっても前は暗い。
少し焦ったが感覚でわかる。
これは確かに今の外の景色を映している。しかし乗っているこれが埋まっているのだ。
急に無言になった一騎に対し、2人は心配そうな表情を浮かべ、顔を覗き込む。
そんな2人に対し一騎は安心させるように頷いた。
(大丈夫。なんとなく、わかる。今、こいつは動く)
上手く説明はできない。だが、わかる。
「2人とも椅子に掴まっててくれ。動くぞ」
細かい操作は必要ない。
ただ想像すればいい。これが動く姿を。
ただ命じればいい。動け、と。
そして、振動が起こった。
◇◇◇
外では早速異変が起こっていた。
まず、地面が盛り上がり、そこから人の腕のようなものが生えた。
それは一本ではなく少し離れた場所からももう一本同じ腕。
生えた腕は地面に手を置き力を込める。
次に、それから少し距離を置き今度は人の足が一本、地面から現れると地面に足裏をつけ、力を込め始めた。
それらの動きに連動するように丘肌が次第に崩れ、そこからは体と頭が現れた。
それは上半身を起こすとゆっくりと立ち上がる。
山肌から現れたのは1機のロボットだった。
全身は灰色。頭部、ボディ、腕や足の一部には黒い装甲を纏いマッシブでありながもスマートな体型。ヒロイックなその頭部には2つの黒い目を持つロボットだった。