決められた覚悟
カズキはゆっくりと目を開けてクイーンサイズのかなり大きなベッドから上半身を起こし、窓の外を見る。
まだはっきりと太陽は顔を出しておらず、薄暗いバースレン城塞とハイリヒトの街並みが広がっていた。
外へと向けていた目を自分の隣に移す。
そこにはエリサとエレナが姉妹らしく同じような寝相で仲良く眠っていた。
この2人を守ると決めた。この2人の側にいると決めた。
だが、それは本当に自分である必要があるのか?
自分は本当に彼女たちの側にいてもいいのか?
問うがその答えは帰ってこない。
自分が傷つくのは構わない。戦うことだってしよう。そんな覚悟はとっくの昔に決めている。
彼女たちの笑顔を見たい。
それは一種のエゴなのではないのだろうか。そんなエゴのために、自分の願いのためだけに誰かを殺すことなど許されるのだろうか。
(俺はただ、2人が笑っていてくれれば、それで良いのに……)
「なんで、こうなるんだろうな」
カズキは呟きながらゆっくりと手を伸ばし、エリサの前髪に触れる。
「んんっ……ん?お兄ちゃん?」
エリサがその感触で起きたらしく、目をこすりながらカズキを見上げる。
その横で眠っていたエレナはエリサの動きで目を覚ましたらしく同じようにカズキの方を見ていた。
「ああ、ごめん。起こしちゃったな。まだ寝てていいと思う。朝は従者の人が起こすって言ってたしね」
言って微笑むとエリサは安心したように頷くと目を閉じる。
その後ろにいるエレナは心配そうな目で変わらずカズキを見ている。
「大丈夫。俺は、大丈夫だから」
「…………うん」
エレナはエリサを優しく抱きしめてゆっくりと目を閉じた。
カズキは視線を窓へと移す。
窓に映る自分の姿を見て手を握りしめた。
大丈夫。
その言葉は一体、誰に向けた言葉だったのか自分でさえわからなかった。
◇◇◇
朝食を食べ終えたカズキはメリスに連れられてネバリエの格納庫に来ていた。
多数のガンドマイストⅡが両足を投げ出し、両腕を肘掛のような固定具の上に座っている。
先を歩くメリスがカズキの方を向きながらどこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「昨日の今日で、すまないね」
「いえ、特に怪我もしてませんし……」
メリスたちに協力することはエレナとエリサの安全を確保するための絶対条件だ。
どれほど表面上は対等に見えても、歓迎されているように見えても弱みを握られているのはカズキの方だ。
そんな状況で断れるわけがない。
格納庫を歩いているとあることに気がついたカズキがメリスに問う。
「あの、昨日のオクロメントは?」
格納庫内にはガンドマイストⅡが右の壁に6機並んでいるが左の壁にはガンドマイストが4機のみで2機分スペースが空いていおり、そこにはオクロメントがつけていたパイルバンカーが放置されていた。
「ああ、報告にあった通り消えたよ。あれは苦し紛れに投げられたやつを改修したんだ」
ファシィメントの時もそうだった。
切り離された腕や武器、破片は残っていたが本体はゆっくりと空間に溶けるように消えた。
ちなみに優先していたことがガンドマイストⅡの搬送とアファメントの方だったためそれらはひとまとめに置かれ、放置されている。
ラブザメントは直接見てはないが破片を残して本体は消えていたため同じように消えてしまったのだろう。
「いや〜、本当に消えるなんて本当に不思議な機体だよ。メンターズってのはさ」
2人はそんな会話をかわしながらネバリエの格納庫を通り過ぎて外に出た。
その先は試作機の簡単な稼働試験用のスペースがある。
しかし、今はガンドマイストが2機、待機姿勢になっている。
おそらくそれらが本来格納庫にいた機体たちだろう。
「それじゃ、アファメントを呼んでくれ」
カズキがそれに答えてアファメントを呼ぶ。
彼の言葉に呼応し、上空にαの文字を持った魔術陣が広がりその中からアファメントが飛び出してきた。
空中で1回転すると地面に着地、カズキを搭乗席へと転送する。
「アファメント、リンク」
言いながらいつものようにレバーを動かし、アファメントとリンク。
バチッという音がしたかと思うと脳に外の景色が流れ込んだ。
「いつでも動かせます」
「少し待っててくれ〜。ちょっと準備がある〜」
言うとメリスは近くにいた研究員に何か指示をしている。
しばらく時間がかかりそうだなと思いながらシートの背もたれに体重を預けて空を見上げた。
「なぁ、アファメント」
『なんでしょうか?』
「他のメンターズってなんでアファメントを襲うんだ?」
『一部不明です』
「一部?」
『はい。アーク、と呼ばれる何かのためにメンターズ同士が戦う。ということは分かっています。しかし、なぜほかの機体たちが私を集中して狙うのかがわかりません』
アファメントの言葉をそのまま受け取るならばメンターズは元々メンターズ同士で戦うために生み出された。
それに則るならアファメントだけではなく他のメンターズ同士でも戦いが起こっているはず。
しかし実際はアファメントを中心として戦闘が繰り広げられているように感じる。
なぜアファメントを執拗に狙うのか。ということ以外にもアークと呼ばれるものは何なのか。
聞いてみようとも思ったがこの言い方から察するにアファメント自身もそれがよくわからないようだ。
疑問はあるがそれでも変わらないことはある。
「……俺は結局は戦わなきゃいけないのか」
『はい』
「メンターズは全部で26機だったな」
『はい。現在の数は私とラブザメント、ファシィメント、オクロメントを除外した22機ですが』
少なくともあと22人とは戦わなくてはならない。この手で殺さなければならない。
いや、本当にそうだろうか。
本当に戦う以外の道はないのだろうか。
もし、戦わなくてもいいのならばそれに越したことはない。
例えば交渉をして戦う意思がないことを訴えたり、アファメントを襲ってくるメンターズに渡したり。
とにかく戦う意思がないことを示せば何かしらの反応があるのではないだろうか。
(いや、無理だな)
アファメントを渡すのは論外だ。
そんなことをすれば王国が自分たちを許さないだろう。
何かしらの考えがあった上であるのが今だ。
下手をすれば反逆罪だとかでエレナやエリサ共々殺されかねない。
それにアファメントを渡したからといって自分が殺されない。みんなが殺されないとは限らない。
そして、交渉ももう無理だ。
すでに3機のメンターズを破壊した。
そんな状態で今更戦う意思はないと言っても信じられるわけがない。
それにアファメントを執拗に狙うのはアークが目的ではなくメンターズが政治的に利用されているから、ということも考えられる。
例えば、ほかの国では極秘裏にメンターズを集め、戦争を仕掛ける準備をしている。
しかし、アファメントが自国以外で見つかってしまい、面倒になる前に破壊するために襲って来る。
そこまで考えたところでカズキは首を横に振り、思考の海から抜け出す。
(ダメだな……こんな何もないと変なことを考えてしまう)
『リンカー。質問してよろしいですか?』
「え?な、なんだ?」
『あなたは何故、殺すことを躊躇うのですか? 彼らはあなたを襲う、ならば戦うの当然のこと。そして、戦いがあれば誰かが死ぬのも当然。なのにあなたは迷っている……何故?』
浮かぶのはオクロメントの操縦者の憎悪に満ちた目、言い放たれた最後の言葉だ。
あれを見れば、あの雰囲気を向けられてしまえば戦うことが正しいとは思えない。
「……本当に殺し合うしかないのか? 殺し合っても残るのは憎しみだけだ。そんな戦いが正しいとは思えない」
『なるほど……あなたは殺意を向けられることが怖いのですね』
「そう、かもしれない……いや、たぶんそうなんだろう」
少しの空白を置いて新たな文字がカズキの視界に浮かんだ。
『戦いに正しいも誤りもありません。戦いは戦いです。殺し殺されの関係しかそこにはありません。どんな理由であれ、どんな心情であれ……戦いとは殺し合いです。リンカー』
何も言い返せず俯くカズキに対し文字は続いて並ぶ。
『あなたは目的があって戦場に立った。ならば、その目的の達成のみを考え、力を振るうべきです。でなければ手遅れになります』
不思議とアファメントのその言葉は重みがあった。
まるですでにそれを経験しているかのような。ただの文字だというのにそんな印象を受けてしまった。
その理由はカズキ自身でもわからない。
そんな経験があるのか?と聞きたかったがそれはしてはいけないような気がした。
そもそもまだ記録素子とやらの修復は終わっていない。アファメントにその記録がないのでは結局わからないことだったし、今のカズキにそんなことを考える余裕もない。
だから彼はただ曖昧に相づちを打つ。
「戦うしか、ないんだな……俺は」
彼女たちを守るために、死なせないためには理由はどうであれカズキには戦う道しか残されていない。
たとえ彼自身がこれからも誰かを殺すことになっても、そうすることで誰かに深い憎しみを向けられても。
戦わなければ、戦い続けなければ彼女たちは守れない。
あの日見た笑顔を守るためには戦場に立ち続けるしかないのだ。
カズキは湧き上がる恐怖から逃げるように二本のレバーを握る手に力を入れた。




