憎悪
突如として空から落ちてきたのはメンターズだった。
全体のシルエットはかなり細い。
特徴的なのはその四肢だろう。細く長く伸びた四肢。
体やその四肢を含めて白を基調としたカラーリング。
だが前腕や太ももに付いている大型の装置は黒くかなり目立っている。
しかもそれには鋭い杭の先端が突き出していた。
頭部にはスリッドが1本走っており、それが緑の光を強く放つ。
「あれが……メンターズか」
「所長!ぼーっとしてないで逃げますよ!!」
「あ、ああ。わかってる」
メリスたちは機器を放置してすぐにハイリヒトへと走り出した。
それを一瞥するとアファメントは構えを取る。
すると今までと同じように目の前のメンターズにカーソルが合わせられ【ο・オクロメント】と名前が表示された。
そうしてすぐに違和感を覚えた。
(なんだ……この感覚……)
言葉で表すならば黒い何かを纏っている。とでも言えばいいのか、とにかく何かが違う。
今まで戦った2機のメンターズと全く違う感覚。吐き気すら覚えるような黒い何か。
その感覚にたじろいでいるアファメントをよそにオクロメントはクラウチングスタートの姿勢を取った。
カズキが疑問を覚えた瞬間、オクロメントの足で何かが爆発、土煙が舞ったかと思うとすぐ目の前にオクロメントがいた。
すでに右腕についている杭の先端をアファメントへと向けている。
「なッ!?」
とっさにしゃがんだ。
その瞬間、バンッ!という破裂音ともに先程までアファメントの頭部があった場所を杭が射出され、貫いていた。
オクロメントが左腕の大型の黒い装置、それにある杭の先端をしゃがんでいるアファメントへと向ける。
その腕の軌道を反らし、スラスターを吹かして急後退。互いに距離が開いた。
「おいおい、あれって……パイルバンカーかよ」
パイルバンカー。
火薬や電磁力などを用いて高速で杭を打ち出す原理としてはそんな簡単なものだ。
近づかなければ有効に働かない。しかし逆を言えば近づけさえすれば強力だ。
点の攻撃で読みにくい上に打ち放たれる速度はとてもではないが見てから反応することなどできない。一度近づき、放たれれば回避はできないだろう。
幸運なのは装置が大型であるため予測がしやすいということだが、それでも急接近されれば何かしら行動を起こす前に穴が開けられる。
ならば、可能な限り距離を取りながらも攻撃をするしかない。
「アル・ファード!!」
アファメントはカズキのその声に応え、前腕からマナティアによって構成されたソードを展開させる。
そうやって次の行動のタイミングを伺っている時だ。
オクロメントが突然四つん這いになった。
カズキがその突然の行動に疑問符を浮かべる中でオクロメントは地面につけた四肢に力を込めているのかググッと体勢をさらに下げる。
そして、バンッ!という破裂音と土煙が舞ったかと思うと高く跳んだ。
「なん……!!」
簡単なことだ。
オクロメントは四肢につけているパイルバンカーを地面に打ち込み、その反動で高く跳んだ。それだけだ。
地面に杭が刺さることはなく、打ち出した反動ほぼ全てを跳躍力に使っているらしく、ゆうに80メートルを超える高さをオクロメントは跳んで見せた。
そこから姿勢を整えると両足を揃えて空にパイルバンカーを放つ。
まるでそこに地面でもあるのか。空中とは思えないほどの勢いでまっすぐにアファメントへと向かってきた。
アファメントはアルファードを収納。すぐに受け身を取りながら前転。
先程までアファメントが居た場所にオクロメントの強烈な蹴りが地面を穿つ。
すぐに立ち上がり向き直るがそこには再びオクロメントの左足の杭の先端があった。
「ひっ」と息を飲んだカズキのとっさの操作に従い、アファメントは頭を大きく傾ける。
その真横を破裂音とともに放たれた杭が頭部の装甲を削りながら通り過ぎた。
再び攻撃が来る前にオクロメントの横腹に蹴りを入れて飛ばした。
飛ばされたオクロメントは空中で身をひねり1回転すると何事もなく着地し、アファメントを見据える。
「なんだ……あいつ」
『かわされた時に足の杭を打ち出し、その反動で方向転換と跳躍を行ったのでしょう』
「そんなことはわかっている!!」
カズキが驚いたことはそれを判断するだけの思考力、それをすぐさま行動に起こせる反射神経。
そして、疑問に思っているのは纏っている雰囲気だ。
今までその感情を向けられたことはなかった。少なくともここまで強いそれを向けられたことはない。カズキ本人はそう思っている。
それ故にすぐに気がつけなかった。
オクロメントが纏っているそれは憎悪だ。
なぜここまでオクロメントが自分に憎悪を向けているのか。
そんなオクロメントの猛攻に対し、アファメントはただ押されるしかなかった。
オクロメントの速く、三次元的な機動に押されているのか、それとも消えるどころか増し続ける憎悪に押されているのか、それはカズキ本人にも全くわからない。
ただ、高速で放たれる杭の攻撃をかわし続けるしかなかった。
パイルバンカーを地面に放ち、高く跳ぶオクロメント。そのまま空中で1回転すると蹴りを繰り出す。
それを横飛びでかわすが着地した瞬間に地面にパイルバンカーを放ち、今度はアファメントへと低くまっすぐ跳んだ。
再び回避しようとしたが向き直ったばかりでまともに回避できるわけもなくオクロメントに押し倒された。
「あっつつ!ぐうううぅぅぅッ!!」
かなりの勢いで地面をえぐりながら滑るアファメント。
カズキは搭乗席で揺られながら歯をくいしばる。
(なんだよ……!なんなんだよ!!)
ようやく勢いが収まり、止まったアファメントへとパイルバンカーの先端をアファメントへと向ける。
が、それは放たれることはなく交互の杭でアファメントを殴りつけ始めた。
執拗に、恨みをぶつけるように、感情のままにオクロメントはアファメントを殴る。
胸部に傷が付き、えぐれ、頭部の装甲がひしゃげた。
(なんで……なんでお前は、そこまで俺を……)
意味がわからない。ただ怖い。
憎悪が怖い。
死ぬことが怖い。
わからないことが怖い。
ただアファメントを、自分を殴り続ける目の前のオクロメントがとにかく、途方もなく怖かった。
◇◇◇
与えられた広い客室で外から微かに聞こえる音に嫌な予感を感じながらカズキの帰りを待っていたエレナとエリサ。
その扉が開かれ2人が駆け寄ろうとしたが、その部屋に入ってきたのはカズキではなくマーリだった。
突然彼女が現れたことに疑問の声を上げようとしたところにマーリは遮るように告げる。
「カズキが戦闘を始めた」
「えっ!?」
「本当……ですか!?」
聞き返すエリサとエレナに頷いてマーリは続ける。
「私も今聞いた話だがな。相手は当然ながらメンターズだ」
「ど、どこで戦ってるんですか!?」
「ここから北の方だよ。なんなら見てみるかい?」
マーリに詰め寄り聞いたが答えが返ってきたのは扉の方だ。
そこを見るとメリスが居た。
「な、何を言っているんですか!避難するべきです」
「どこに?避難なんてしたって意味ないよ。敵の目的はよくわからなくってもアファメントがやられたら私たちはどうなるかわからない。それに伏兵でもいたらどうするのさ。まだここが安全だよ」
メリスの言葉にマーリは口を噤んだ。
たしかに彼女の言うとおりだ。ゴーレスではまともに相手をできないメンターズ。
同じくメンターズであるアファメントが唯一の対抗手段。それが倒されてしまえばその時点で終わりなのは確定だろう。
「し、しかし!!」
「見ます!」
「私も!」
マーリはそれでも止めようと声を上げたがすぐにエレナとエリサの声がそれをかき消した。
「私たちだから、見なきゃいけないんです。マーリさんが止めても、私は行きます」
そういうエレナの目には強い光がこもっている。エレナほどはないにせよエリサも同じ顔と目をしている。
マーリは眉をひそめていたがそれを無視してメリスは言った。
「んじゃ、行こうか。見える場所は大体わかるから」
歩き出したメリスにマーリは早歩きで追いついて小声で聞く。
「わかっているのですか?彼女たちが見ているものは––––」
「わかっているよ。でもさ、だからと言って何も知らない、見せないままじゃ子供のままだよ」
それになにも返せないマーリにメリスは続ける。
「蓋をして見せなくするのは簡単さ。でも、それってなんの解決にもなってないよ」
「それを彼女に見せて、何になるんですか……」
「決まってるさ。彼の隣に立てるように、支えられるようになる」
マーリはその言葉を聞くと後ろをついて歩くエレナとエリサを見る。
2人は手を繋ぎ、口を紡ぎ、ただメリスの後ろに続いて歩いていた。
そんな後ろの2人を伺うマーリの隣でメリスは小さく誰にも聞こえないようにつぶやく。
「ただ、問題は彼の方なんだよね」




