唐突な始まり
しばらく日常シーンが続きます
––––ふと気がつけば視界には畑が広がっていた。
片田舎の田園地帯を想像すればいいのだろうか。何かしらの作物を育てているらしい畑がいたるところに広がっている。
そこから少し奥の方には木造の家が並んでいるのが見える。
その畑のおそらく主な移動路であろう大きな道のど真ん中に志々田 一騎。18歳はなぜか立っていた。
彼は天を仰ぎ叫ぶ。
「ど、こ、だ、よ!ここぉぉぉおおおおおおっ!!!!」
それがこの世界での第一声であった。
◇◇◇
「はぁ……」
一騎はため息をつき道の右端で座り込む。
優先すべきは状況整理だ。と現状の整理と言う名の現実逃避を始めた。
今日は月曜日だ。それは間違いない。
土日にいつもどおりグダグダと過ごしていた記憶がおぼろげだが残ってる。
それに加え月曜の憂鬱な気分を味わったのを覚えていた。
そして学校に行った。月曜日、平日だったので当然だ。
そこで学生の仕事と言われる勉学に励んだ。
その後はどうだろう?
普通にどこかに寄ることもなくまっすぐに帰路についた。
それも間違いない。隣には学校で使っている指定のバッグがあり、中には教科書やノートが入っている。
普通だった。何もおかしなことはしていないはずだった。なのに、何故か玄関を開るとここにいた。
(……やっぱり意味わかんねぇ)
現状整理をしてもやはり意味がわからない。と頭を抱える。
一体何をどうすれば家からこんな田園地帯へと来れるのか。
「あ、あのぉ……」
その声は一騎が頭を抱えている時に聞こえた。ゆっくりと顔を上げるとそこには1人の少女がいた。
栗色の綺麗に切りそろえられた肩まで伸ばされた髪。どこか幼さを感じる瞳と顔立ち。
しかし、声の感じからして一騎と歳はさして差はないように感じる。
服装はどこか普通の少女、と言った感じのワンピースを着ており派手さはないが彼女の魅力を邪魔することなく際立たせている。
「……可愛い」
何の気なしに第一印象で思ったことが口に出た。それは滑った。とも言える。
突然そんなことを言われ少女は顔を赤くさせ、驚きの声をあげながら持っていたバスケットが地面に落ちた。
「ふぇ!?」
「あっ!」
少女のその反応を見てようやく自分が何を言ってしまったのか一騎は理解した。
勢いよく立ち上がり取り繕うように必死に言葉を紡ぐ。その顔は少女同様、いや、それ以上に赤い。
「あ、ああ!い、いいや違う!って、君がその、可愛いのは違わないし本心からそう思ってて!いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて!!ちょっ、ちょっと待って。少し整理を––––––」
頭を落ち着かせてから弁明しようと一騎は考え始めた。
するとおずおずと少女は赤い両頬を両手で隠すように抑えながらながらわずかに上目遣いで声をかける。
「あ、あの……」
その姿がまた可愛らしいかったがなんとかその言葉を抑え込み、それを悟られないようにと平静を装うと返事をする。
「は、ふぁい!」
声が上擦ったが2人ともそれを気にできるほどの心理的余裕などない。少女は言葉を続ける。
「そ、その。私って……可愛い、ですか?」
上目遣いで恥ずかしそうに恐る恐る問う少女に一騎はただ一言、なんとか頷きながら答えた。
「……はい」
◇◇◇
それから20分が経った。
今は互いに地面に座り込んでいるが2人の間に会話はない。初めて会ってアレだっただからそれも当然とも言えるだろう。
そんな空気の中、一騎はただ頭を抱えて自責の念に襲われていた。
(あぁ、なんだよ……。いやいや、いきなり会って可愛いってなんだよ。いや、確かに可愛い。うん。でもだからって言うことないだろこの口ぃ。これじゃあただのナンパじゃねぇかよぉ……)
ちらりと少女の方を見る。と、どうやら彼女もまた一騎を見ていたらしく偶然にも目があった。
どちらの脳裏にも少し前の出来事が再生され再び顔を赤くさせると顔を逸らした。
このやり取りはすでに5回目である。
互いに何をどう言えばいいのかわからず言葉が出ない。否、出せないでいた。
しかし、その気まずい空気は少女の質問によって壊された。
「あ、あの……どこから、来たんですか?」
「え?」
「あ、その。見たことがない服で、……」
一騎は問われ改めて自分の姿を見る。
学園の制服だ。他の地域ではあまり見ない白の学生服。学園からの帰りだったためそれを着ていることはおかしくはない。
しかし、隣の少女はなんと言えばいいのか。例えるならばファンタジーゲームで言うところの村娘のような服装だ。
確かに、その服と比べてしまえば一騎の制服はかなり異質に映るだろう。
「え、えー、あー。なんて言えばいいんだろ」
正直に言えばいいのだろうがそれを言って信じてもらえるのか。
もし自分だったら?
信じるわけがない。そう即答できる。
そもそも今こうなっていることを自分ですら信じきることができていないと言うのに他人にどう信じて貰えばいいと言うのか。
口ごもる一騎を見て少女は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!へ、変なこと聞いちゃって」
「あ、いや。その、うまく言葉が出ないだけで……」
このままでは再び気まずい沈黙が訪れてしまう。そうなるのは精神衛生上よろしくない。
そう思いとにかく話を何か繋がねばと口を開いた。
「え、えっと。あっ!君、名前は?俺は一騎、志々田一騎」
「わ、私は、エレナ。です……シシダカズキ、さんですか。変わった名前なんですね」
「え?違う違う。志々田は苗字で一騎が名前だよ」
半ば疑問に思いながら説明する一騎にエレナは首をかしげる。
「ミョウジ?……ミョウジってなんですか?」
「へ?」
予想にもしてなかった質問に一騎は変な声を漏らすしかなかった。
今思えばエレナ、と言う名前は明らかに日本人のそれではない。
と言うことはここは日本ではない?
そう思ったが日本語は普通に通じている。外国人特有の訛りも感じない。
面倒なことになりそうなこの話題はひとまず置いておき「とにかく」と言葉を続ける。
「えっ、えーっと。一騎が名前だから。それで、よろしく」
「あ、はい。カズキさん。ですね」
次は何を話すべきかと一騎が頭を悩ませていると遠くから声がした。
「あ!お姉ちゃん。こんなところにいた……って」
そこにいたのは12歳前後の少女だった。エレナにどことなく面影が似ているが髪を左側で一つにまとめている。
「あっ、エリサ!」
エリサと呼ばれた、おそらくエレナの妹である少女は一騎を指差し叫んだ。
「お姉ちゃんが変な人に捕まってる!!」
「んな!!」
一騎は立ち上がり大慌てで言葉を返す。
「い、いや!違う捕まえてない!そもそも変な人じゃ!」
「変な人は必ずそう言うってお父さん言ってたよ!絶対怪しい!お姉ちゃん早く逃げて!」
「話を聞いてくれ!あ!そうだ!エレナさんも何か言ってください!」
エレナ本人ならば妹である彼女の説得ならばエリサも信じてくれるはず、そう思い視線を向けた。
彼女はその一騎の想いを感じ、エリサを落ち着かせるように言葉を紡ぐ。
「え、エリサ!聞いて!この人は変な人じゃないの!そ、そりゃあいきなり可愛いって言われて、恥ずかしかったけど……と、とにかく落ち着いて、ね?」
「う、うん。お姉ちゃんが言うなら……って、いきなり可愛いっていう人が変な人じゃないわけないじゃない!やっぱり怪しい!!」
「あ、あれは!口が滑ってっていうか……と、とにかくそんなんじゃないから!」
一騎は慌ててエリサの説得を試みるがやはり怪しさしか感じられないエリサはジト目で一騎を品定めするように見る。
「……見たことない服だけど?」
「うっ!」
痛いところを突かれた。そこを聞かれてしまえばなんと答えればいいのかわからない。
口ごもる一騎にますます警戒の視線を向けるエリサ。
そんなエリサにエレナが説得を試みる。
「え、エリサ。カズキはその、全然、怪しい人じゃないから。本当に危ない人だったら私もうここにいないと思うよ?」
「……うーん。それもそうかも」
エリサはとりあえず姉の言葉を信じることにしたらしい。一騎に歩み寄って来た。
「えっと、エリサです。ごめんなさい。変なこと言って」
「あ、その。一騎だ。いいんだ。怪しいって言われても本当、その通りだし」
はは、と苦笑いを一騎は浮かべた。
エリサの格好もまたエレナと似たり寄ったりの感じでやはり白い学生服姿は明らかに浮いている。
怪しいと言われても何も言い返せない。
「えっと、それでエリサどうしたの?今日は家にいるって言ってなかった?」
エレナに聞かれてエリサは目的を思い出したのか「あっ!」と声をあげエレナに詰め寄る。
「お姉ちゃんが買い物からいつまで待ってても戻ってこないから様子を見にきたんだよ!」
言われて気づいたらしくこんどはエレナは「あっ」と声を漏らし、地面に置いていたバスケットを持ち上げる。
「すぐ帰らなきゃ!」
「もー!それじゃ、先に戻ってるからね?」
エリサは言いながら元来た道を戻って行った。
「あ、私もう行くね」
「え?あ、ああ。じゃ」
一騎は手を振りながらエレナを見送る。
エレナも手を振り返すとエリサと同じ方向へと歩き出した。
それを見送りながら一騎は考え込む。
(う〜ん。これからどうするか。って言うか飯と雨風をしのげる場所をどうにかしなければ……)
当てなどない。かと言ってそれらを上手いこと得られるほどの交渉力などない。
初っ端から八方塞がり、と思考の海を漂っていた時だった。
「あ、あの〜」
ふと気がつけばエレナは一騎の少し前にまで戻ってきていた。
「え?どうしたの?忘れ物?」
「あ、いえ。その……良かったら家に来ます、か?」
「え?いいの?」
よくわからない現状故にひとまず休めるところが得られるのは願ったり叶ったりだ。本当に出来るのならば少し落ち着いてゆっくりする場所が欲しい。
「は、はい。あまり広くはないですけど」
「ぜ、全然大丈夫!むしろ嬉しいよ!」
一騎はエレナの提案に二つ返事で頷くとエリナの後ろを着いて歩き始めた。




