誤解解消
村人の一人がその異様な光景を見て言葉を漏らした。
「なぁ……あれは、なんだ?」
「……さぁ?」
その隣にいた男性も同じような声音でそう返した。いや、むしろそう返すしかなかった。
彼らの目の前にはなぜかガンドマイストⅡ三機とアファメントが横一列に並んで待機姿勢していた。
さらに謎なのはそれらの前にいるのが大破に近い中破となっているガンドマイストⅡも待機姿勢でいること。
普通なら弱々しいはずの壊れかけのガンドマイストⅡだというのに目の前の光景はまるでそれに無傷に近い他の機体たちが怒られているような姿にしか見えない。
「カズキ……なんかしたんかな?」
「わからんけど……なんか、変なことで怒られてそうだよなぁ」
どこかシュールなその光景は村人たちにそんな目で見られていた。
◇◇◇
しかしそれは村人たちだけであってその当事者たちはいたって真面目だ。否、真面目にしていなければ冗談抜きで殺されかねない。
それがそれぞれの機体の前で正座をしている男たちの共通認識だった。
「それで……なぜ、戦闘していたのですか?」
マーリが笑いながらバルダに問いかける。その顔は笑っており、口調も丁寧だ。
だが、その目と放たれる雰囲気は和やかなそれではなく、かずきには修羅を連想させた。
「えっ、えーっと、だな。あの機体が敵かと思っ、ひっ!?」
バルダが全てを言い切る前に小動物さえ殺せそうなほどの殺気が込められた睨みが飛んだ。
それを受け早口になりながらも後の言葉を続ける。
「だ、だが!彼は大破した機体を持っていたんだ!そう取っても仕方がない!」
「あれは村の者に頼まれて運ぼうとしていたものです。たしかに誤解を招く姿でしょう。ですが、先に確認を取るなり出来たはずでは?」
「うぐっ!」
呆れたように息を吐くとターゲットをカズキへと変えた。
いつもより数段鋭い視線に背筋が強張ってしまい、冷や汗が頬を伝う。
「それで、一応聞いておくが……カズキは?」
「え、えーっと、とにかく話をしようと声をかけてたんだけど……なんか、無視されちゃって仕方ないから落ち着かせてから話を聞いてもらおうかと……」
「そのために応戦した、と」
強く数度頷く。
少なくとも自分から攻撃したわけではない。
襲われてしまったから応戦したまでだ。本来なら彼に戦う理由はないのだから当然だ。
「しかし、だ。もう少し加減をしろ。機体の性能はあらゆる点でアレの方が上なのだからな」
「はい……」
明らかに肩を落とす2人にマーリはため息をつく。
どちらも確認不足によるすれ違いが発端。どちらが悪い悪くないの話ではない。
だが、幸運なことにガンドマイストⅡは装甲に傷がついたぐらいで行動に支障はない。
搭乗者も同じく、そしてカズキの方も怪我はない。
「とにかく、大事がなくてよかった」
マーリの雰囲気がいつものものに変わったことに男性たちはホッと胸をなで下ろし、ゆっくりと立ち上がった。
「改めて申し訳なかった。カズキ君」
「あ、いえ、そんな……私ももっとはっきりと言えていればこんなことには。本当にすみませんでした。お二人も本当にすみませんでした」
カズキがバルダの後ろにいた二人にも謝ったところで彼らの元に一人の少女、エリサが走り寄ってきた。
「お、お兄ちゃん!?どうしたのこれ!?」
大急ぎで来たのか少し息を乱しながらも、待機姿勢をしているアファメントとガンドマイストⅡを指差す。
カズキは頬を掻き、どう説明したものかと苦笑いを浮かべた。
「いや〜、その……まぁ、うん。大丈夫だ」
「それは見ればわかるけど……って、その人たちは?」
今度はカズキの後ろにいる男性三人を見る。
その視線を受けバルダが答えた。
「私たちは副都から来た騎乗士だ。この村には護衛をすると同時に資材を届けに来た」
「へぇ〜、騎乗士……様ぁ!!?」
一瞬受け流そうとしたが言葉にすることで正確に理解できたらしく、エリサは驚いたように声を荒げた。
しばらく瞬きを繰り返していたがハッと我に帰るとカズキの襟首を掴んで言う。
「お、おお兄ちゃん!何したの?また、何かご無礼なことをしたの?マーリさんだけじゃなくて!!また!!」
「またっていうのをそこまで強調しないで欲しいんだけど……自覚あるから」
「い、いいんだよ。お嬢さん。我々にも非があることなのだからね」
バルダは少したじろぎながらもエリサを止める。
ピタッと動きを止めたエリサはゆっくりとバルダの方を向いた。
「ほ、本当ですか?」
「あ、ああ。本当だとも」
エリサは視線をカズキの方へと戻し、視線で聞いた。
カズキは数回頷きそれを肯定。
するとエリサは襟首から手を離した。
「それでお嬢さん。この村の村長か代表の方のところに案内をお願いしたいのだが?」
「あ、わかりました。こちらです」
案内をするために歩き出したエリサにバルダはついて行き出したが少し歩いたところで振り向いた。
「マーリ!我々の機体はこのまま置いていていいのか?」
「いえ、動かして置いた方が良いかと。結局ボコボコに荒れてしまいましたので……場所でしたら私が聞いて来ましょう」
非難するような目を受け、たじろぐバルダは一度咳払いをすると指示を下す。
「では、マーリの支持を受けて移動せよ。マーリ、もし私が戻って来なければ私の機体も頼む」
「「「はっ!」」」
指示を下すとバルダは再びエリサの後に続き、歩き出した。
その背中を見ながらカズキはマーリに聞く。
「……気になったんですけど、階級?はあの方が上なんですか?」
「ん?いや、同じだよ。まぁ、騎士とは違い騎乗士は基本的に現場主義だ。階級はあれど半ば騎士に合わせて無理やりつけたようなもの。意味はほとんどないよ」
階級が同じならばマーリがバルダにあそこまで強く出られるのもわかる。
だが、現場主義も過ぎればその現場が混乱するのではないのか。それに、現場主義と言うのならそもそもが騎士に合わせて厳密に階級を付ける必要もないのでは?
カズキのその疑問に答えるようにルクアが言う。
「過ぎると指示系統がぐちゃぐちゃになるからっていうことでも階級はあるんだろう。事実緊急時やら戦闘時は階級厳守だ」
「戦ってた頃の名残らしいけど……今でも残ってるんだよなぁ。ま、誰かの指示に従うだけでいいから楽だからいいけど」
マーリに続くように二人の男性が言った。
「そうなんですか……えっと」
カズキが戸惑ったことで自己紹介をしていなかったことを思い出した二人は申し訳なさそうな顔をすると言った。
「私はルクア。ルクア・アルシェだ」
その男性、ルクアはどこか丁寧な口調で言った。
肩まで伸ばした金髪に優しそうな風貌をしており、美男子と言っていいだろう。
少し身長があり、全体的に細いが弱々しさは感じない。むしろ引き締まったバランスの良い体型をしている。
「俺はデクス。デクス・クンシャだ。ついでに言うとお前に投げ飛ばされたやつだ」
そう言ったのは赤っぽい髪をしている男性だ。
少し目が鋭く言葉も雑なところがあるせいか少し怖くはあるが人柄の良さは雰囲気からなんとなく感じられる。
体のバランスもルクアと大体同じか少し筋肉質なくらいだ。
「す、すいません……」
「いやぁ、良いって。怪我なかったしな」
あはははと笑い飛ばすデクス。
どうやら雰囲気の通り人柄は良いらしい。
「それと、我々の隊長。エリサが案内したあの人はバルダ・ルクイーガだ。組織は違うが私と同じく副団長だな。おそらく説明はあるだろうが君からも経緯を説明すると良い」
付け足すようにマーリは言った。
カズキが視線を向けた先にはすでにバルダとエリサの姿はかなり小さくなっている。
「さて、私は村の者に事情を言って馬車を聞いてくる」
「了解した」
「了〜解」
マーリは二人の返事を聞いて今度はカズキへと視線を向けた。
「カズキ。私たちで機体を動かすから君は休んでいるといい」
「え?で、でも」
「構わんさ。君は私たちが来るまでここを守り続けていたのだろう?少しは休んでおけ」
ルクアが言いながら表情を緩めた。
その隣ではマーリ、デクスも同じ表情を浮かべている。
ここまでされて断る方が彼らにとっては無礼に当たるだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
カズキは礼を言い頭を下げるとエリサとバルダが向かった方へと走り出した。
しかし彼の機体は未だに待機姿勢のまま放置されている。
「って、あ!おーい。こいつはどうするんだー!?」
走り去るその背中にデクスは言うとカズキは手を振りながら「大丈夫でーす!」と叫んでアファメントの方を向くと続けて言った。
「アファメント!戻っていいぞ!」
アファメントはその声を受けるとゆっくりと立ち上がった。
その上空には中央にαがある魔術陣がいつの間にか浮かんでいる。
「な、なんだ?」
デクスが驚愕の声をあげ、ルクアが言葉もなく見ているなか、アファメントの上空に浮かんでいる魔術陣から黄色の紐のような物がアファメントのマナティックコンデンサに繋がった。
するとゆっくりと持ち上げ始め、アファメントはそのまま魔術陣の中に取り込まれた。
デクスとルクアは口を開けてポカンとしているがマーリはどこ吹く風か何事もなかったかのようにバルダの機体へと歩く。
「さて、では我々も始めようか」
2人はマーリからの言葉でゆっくりと互いの顔を見合わせ数度瞬きして叫んだ。
「「は、はあぁぁぁぁぁぁああッッ!!!?」」
マーリは最初にあの光景を見て自分も叫んだことを思い出しふっと小さく笑った。