月下の誓い
夕方のそんな一幕を思い出しながらカズキは膝立ちで待機させているアファメントを見上げた。
アファメントについては謎が多いがその能力については頭の中に書き込まれている。そのため最初の時のような不安感はあまりない。
なんでもこれを動かすには『リンカー』とならなければならないらしい。しかもそのリンカーと言うのはアファメント側からしか変更ができない。
そのため、アファメントのリンカーであるカズキが村の護衛に付くことになった。
村人たちは「村を救った英雄にそんなことをさせたくない」と最後までそれに反対していたがカズキが無理矢理に意見を押し通し、現在に至る。
「カズキさん……」
後ろから声をかけられた。
エリサ同様少し聞き慣れた1人の少女のものだ。しかし、夕方には見ることも聞くこともなかった少女のものだ。
カズキは振り返ろうかどうしようか迷ったが意を決し、後ろを振り向いた。
「……エレナさん」
そこには予想どおり、エレナの姿があった。
カズキが何と言葉を出していいのか迷っている中、エレナが話を切り出した。
「お父さんもお母さんも死んじゃった。村もこんなになっちゃった……」
エレナは俯いたまま呟くように言った。
それに何も返せない。
かと思うと顔を上げてきつくカズキを睨む。
「カズキさんは私からどれだけ奪うの!?」
そんな2人を物陰からエリサが見ていた。
詳しい会話の内容までは聞き取れない。しかし、表情と聞こえてくる会話で言い争いをしていることだけはわかる。
「やっぱり、お姉ちゃ––––」
「待て!」
2人の仲裁に入ろうとしたところで彼女は声をかけられた。
振り向くとそこにはマーリがいた。彼女は首を振り同じように物陰から2人を見る。
エリサも飛び出しそうになった足を止め再び2人の方に視線を向けた。
「ねぇ!お父さんもお母さんも奪って、住む家も奪って!故郷もこんなにして!」
「お、俺は……!」
カズキがあまりの剣幕に押されるがエリサは詰め寄り、その胸ぐらを握りしめる。
そして、涙を目にいっぱい貯めたままでカズキへと言葉を飛ばす。
「答えてよ!カズキさん!!カズキさんは、私から何を奪うの?どれだけ……奪って……」
村の住人たちは、そのほとんどが許してくれたが本来ならばエリサのこの反応こそが普通。
本来なら糾弾されておかしくない。
それがわかっているからカズキは何も言わない。黙って彼女の怒りを受け止める。涙を受け止める。
ただ守りたかった。
たったそれだけだった。
なのに結果は彼女から住む家だけではなく、家族を奪った。
エレナだけではない。この村に住む者を少なくない数殺している。
例えそれが回避行動をとった結果だとしても、多くを助けるための犠牲だとしてもそれは決して許されはしない。
カズキは言葉を飲み、答えた。
「そうだ……俺は、君たちから全部を奪った。そして、これからも奪ってしまう。だったら……俺はお前たちの側にいたらダメなんだよ!これは俺への罰であり、俺の償いだ!」
「違う!」
「な……に?」
しかしエレナはカズキの言葉を涙声なのも、涙が流れるのも御構い無しに否定した。
「カズキさん、約束して––––」
この答えにたどり着くまで苦労した。妹にも怒られた。
しかし、その答えを言うと妹は素直に、嬉しそうに同意してくれた。
「私たちを守るって、私たちの側にずっといるって––––」
そしてカズキのすぐ目の前まで来ると彼に抱き着くといつもよりも数段優しい声音で言う。
「それが、カズキさんの私たちへの償い。いい?」
「で、でも、それは……」
それは結局のところ今までと何も変わっていない。しかし、エレナは言う。
「私たちから離れるのが償いになるなんて思わないで。そんなの……そんなのむしろ楽になってるだけじゃない。だから、ダメ」
彼女は言っている。ずっと苦しめと。
彼女は言っている。ずっと償い続けろと。
その言葉を聞き、秘められたその真意を悟り、カズキも涙を浮かべる。
そのまま涙を目に貯めながら、笑顔てエレナに答える。
「ははっ、キツイな。それ……」
それは出来ない。彼は“彼女の側にいることはできない”。
これは絶対で回避することなどできない。
それでもカズキは彼女の体を抱きしめる。
小さくて、柔らかくて、どこまで暖かい彼女を抱きしめた。
それは肯定でも否定でもない。どちらでもない、彼なりに今答えることができる方法。
しかし、それに気がつかないエレナはそれに答えるようにカズキの体に回した両腕にさらに力を込める。
「ふふっ、でしょ?」
アファメントと満月が見下ろす中、2人の間に約束が結ばれた。
◇◇◇
「アファメント……」
1人呟く。エレナはすでに自分のテントに戻っているため、ここには彼しかいない。
黒い装甲、黄色の結晶を持つどこかヒロイックなデザインのロボット。
より正確にはメンターズというらしいがあれが今の自分の武器。流されるままに触れ、己の意思で使うことを決めたロボットだ。
カズキはアファメントとその上にある月を見つめながら湖で言われた言葉を思い出す。
(生きていなければ何もできない)
マーリに言われたその言葉を思い出す。
悲しみを背負い生きぬのは辛い。だが、だからと言って諦めて自ら死ぬようなことはしない。
死ぬことそのものが罪の償いではないからだ。
(俺を死に追いやる力……)
黒いドレスの少女。あれはおそらくアファメントに関係する何か。
その存在が何かはわからないがその言葉は事実だろう。それがどのような形で現れるかわからないしどのタイミングで訪れるかもわからない。
だが、だからと言ってアファメントを降りることはできない。もうカズキはその力を握りしめてしまった。
ほんの少し前まではとても考えられなかったがカズキ戦場に足を踏み入れてしまった。
「ガエリスさん、ファリスさん……あの2人だけは何があっても守ります。俺の全てを使って……」
それは月下で宣言された誓い。
「だから、それまで見ていて下さい。それが俺ができるあなたたちへの償いです」
月光の下で決意をさらに固めたカズキはアファメントへと伸ばした右手を握りしめた。
明日はメカ設定、キャラ設定を投稿します