終わりと始まり
戦闘が終わり、マーリは目の前に立つアファメントを見つめながら言葉を送る。
「大丈夫、のようだな」
カズキはそれに対し、ゆっくりと振り返りながら返す。
「はい。マーリさんよりは……」
安心したようにマーリは肩の力を抜くとガンドマイストⅡを立たせ、ゆっくりと村の方に歩みを向けた。
少し歩かせてその動きを確認する。多少動きが重いだけで歩くこと自体はできることに安心し、さらに進もうとしたところでカズキは待ったをかけた。
「えっ!?あの、2機は?」
未だ地面に2機のガンドマイストⅡは転がっている。
操縦席があるであろう胸部を正確に潰された2機。
彼らはシチナ村を、そこに住む者たちを守ろうとして散った者たち。そんな者たちを放っておくなどしたくはなかった。
「……ここに置いておく。先に村の者たちに安全になったことを告げなければならない。それに、このザマだ。どうしようもない」
マーリのガンドマイストⅡは確かなボロボロだ。
左の肘から先は砕かれ、各部も戦闘による負荷のため動きが鈍っているのが外から見てもよくわかる。
カズキはもう一度倒れている2機のガンドマイストⅡを見やる。
せめて騎乗士だけでも、と思ったが2機とも胸部は潰されている。どう楽観的に見ても生きてはいないことなど明白だ。
一度深々と頭を下げるとアファメントはマーリ機の後ろについて歩き始めた。
◇◇◇
シチナ村の者たちは戦闘エリアとは村を挟んで反対側の丘陵地帯へと逃げていた。
遠くに響いていた戦闘音が消えたのを不思議に思いながら恐る恐る村に戻ったのだが、そこに立っている物を見てほぼ全員が度肝を抜かされていた。
「な、なんだ……あれ」
「あれ味方か?」
「さぁ?でも騎乗士様の隣に並んでるから敵ではないだろ?たぶん」
村人たちは口々に自分の考えを述べる。
しかし、度肝を抜かされていない数少ない少女2人はそれを見上げ息を飲んでいた。
「……カズキ!」
エレナに手を握られていたエリサはその手を振りほどきアファメントへと走り出す。
「ちょっと!エリサ!」
その手をエレナは掴み直した。
反射的なその行動にしかしエリサは涙目を浮かばせながら訴える。
「何するの!?お姉ちゃん!!あれに乗ってるのお兄ちゃんだよ!!早く、早く迎えに行かなきゃ!!」
「でも……でもカズキはッ!」
カズキは両親を殺した。
おそらくそれは本当だろう。両親の亡骸が見つかった場所は何かに轢き潰された建物だった。
あの4本足でそんな動きをするわけがないのは彼女でもわかる。
であるのなら、そんなことをできたのはあと1人しかいない。
「でも、お兄ちゃんは守った!私とお姉ちゃんを!あの時もそうだったんだよ!」
「ッッ!!?」
そうだ。確かにそうだった。
彼は守ろうとしていた。自分たちを。ただ不器用に、しかし純粋に。
「もしお兄ちゃんが言ってることが本当なら……それならお兄ちゃんが何も悩んでいなかったわけがない!!」
その言葉にエレナは冷や水を浴びせられたような感覚を得た。
そもに過ごしたのは数日間だけだ。しかし、それだけで彼がどんな性格なのかはだいたいわかる。
(そう、だ……った。なんで、私……)
そして浮かぶのは2人の元を去る前のカズキの顔とその言葉。
『––––さよなら』
(私は!!)
彼は今にでも泣きそうな顔をしていた。
エリサはエレナの腕を払うと人だかりをかき分けながらアファメントの足元へと再び走り出した。
(カズキさん……お父さん、お母さん……。私はどうすれば)
エレナはもうエリサを止めることはできなかった。
ただ、目に涙を溜め、地面を見つめるしかなかった。
◇◇◇
アファメントの胸部装甲が展開。村人たちがざわめく中、カズキがひょっこりと顔を出した。
「え?あれ、誰だ?」
「確か、旅をしてるって聞いたけど?」
カズキはざわざわとしている下を恐る恐る見渡し、彼女たちがいないことを確認すると息を吐いて諦めの笑みを浮かべた。
(そりゃ、居るわけないよな。あんな事言われたんだし……)
今この場所にはシチナ村のほとんどの者たちが居るのだろうがそこにエレナとエリサの姿はない。
当然だ。一体どこの誰が自分の両親を殺した者とまた会うのか。
「お兄ちゃん!!!」
そんな時だった。他の声よりも幾分か聞き慣れた声が耳に届く。
自分のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ者は1人しかいない。
反射的に声が聞こえた方向を見るとそこには両手を振るエリサの姿があった。
「なっ!?アファメント!降ろしてくれ!」
アファメントはその指示に従いカズキが手に乗るとゆっくりと地面に下ろした。
カズキが地面に降り立った瞬間、その胸にエリサが飛び込んできた。咄嗟のことで尻餅をつきながらも華奢で小さなその体を受け止める。
「え、エリサ。大丈夫、か?」
「うん。うん!お兄ちゃん!」
自分の体に小さな両腕を精一杯使い抱き着くと涙を浮かべながら胸に顔を埋めるエリサにカズキも抱き締めようと両腕を伸ばした。
(ッッ!?俺は––––)
その両手が目に入り、エリサに伸ばした両腕を下ろしす。
彼女たちの両親を殺したのは自分だ。自分が殺した村の者たちもいる。
そんな血で濡れた両手で彼女に触れる資格などない。ましてや抱き締めるなど論外だ。
「お兄ちゃん?」
暗い表情を浮かべるカズキを不思議に思いエリサは小首を傾げながら一騎の顔を見る。
その純粋に自分のことを心配していたのだろう顔を見て、瞳を見てカズキは言葉を詰まらせた。
「……エリサ。お前、どうして。俺はお前の––––」
「うん。でも、お兄ちゃんは守ってくれたから。私やお姉ちゃんや村のみんなを」
「でも!」
どれほどのことを言い繕ってもガエリスとファリスを含め、村の者を殺したことに変わりはない。
いくら守ったところで死んだ者たちは2度とは起きないのだ。生き返ることはないのだ。
「いやー!お前すごいな!」
「ほんとほんと!ありがとうな!」
カズキが言葉を吐こうとした瞬間、村人たちが一斉にカズキを取り囲み、言葉を送り始めた。
その全てが感謝のもの、感嘆のものだった。
(違う––––)
だが、彼はその言葉たちを否定する。
そんなことを言われる資格などないと。
そんな笑顔を向けられて良いわけがないと。
「……エリサ。ごめんな」
言うとカズキはエリサから身を剥がすと立ち上がり頭を下げた。
突然のその行動にキョトンとする村人たちに彼は続けて口を開く。
「すみません。俺は、皆さんの家族を守れませんでした」
それから一騎は顔を上げ所々言葉を詰まらせながら今までのことを話し始めた。
アファメントに乗った経緯、そして初戦とその結果についてが主な内容となった。先ほどの戦闘については適当に付け足した程度だ。
戦闘については包み隠さず全てを打ち明けた。もちろん、自分の行動のせいで多数の人たちが死んだことも。
「本当に、ごめんなさい」
カズキは言い合えると再び頭を下げた。
幾度謝ろうとさして意味をなさない。しかし、それでもこうするぐらいしか今の彼にはできない。
頭を下げていると近づいてくる足音が聞こえてきた。それはゆっくり近づくとすぐ目の前で止まった。
今顔を上げればその者が視界に入ることだろう。
本来なら今すぐにでも逃げたい。
これから受ける暴力や言葉を考えれば当然だ。しかし受けて然るべきことであり、逃げることなど許されはしない。
そう思い、ゆっくりと顔を上げたところでカズキは唖然となった。
彼の目の前に居たのは男性だ。20代後半あたりで酪農を主にしている者だ。
しかし、カズキが唖然となったのはそんなところではない。
その男性は、優しく、しかし同時にどこか悲しげな笑みを浮かべていた。
カズキが反応に困り言葉を出せないでいるとその男性はその両肩に自分の両手を優しく置いた。
「後悔、しているのか?」
「……はい」
「そうか……なら私は君を許そう」
一騎が予想外の言葉を聞き問いかけようとしたところに別の声が次々と聞こえてきた。それは先ほどの男性の言葉に賛同する声だ。
罵倒や侮蔑、その類いの言葉が一騎に投げつけられることはない。視線すら来ない。
向けれらるのはむしろ感謝や哀れむような目ばかりだった。
「なっ!?そんなの!」
「君は、確かに殺したのだろう。だが、君は同時に守った」
それはマーリにも言われた言葉だ。
男性のその言葉にカズキを取り囲み村人たちは頷く。
「そのおかげで私は、私たちは死んだ者を弔うことができる。私たちを守るために君は自分の命を賭けた。それに自分がしたことの重さをすでに知っている。ならば、私から君に言うことはない」
「そんな……そんなのって……」
予想とは真逆の反応を浮かべられたせいでカズキはより混乱していた。
そんな言葉をかけられる理由がわからなかったからだ。かといって彼らからは何かを企んでいるように見えない。
そんなカズキに再び感謝の言葉が飛ぶ。
「私たちを、守ってくれてありがとう」